白兎と雪狼の、果てなき旅路

ドライブやドライブや写真撮影を趣味とし、その他、HSPやAセクシャル、イジメ。精神的・心理的なことについて綴っていきます。

Tails Intersecting -En Passant-

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※注記※

 本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Material Advantage-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Castling-」の続編となる、短編小説です。

 登場人物は私の趣向により、ケモノです。

 この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。

 ※注記終了※

 

 

 

 

 

 Tails Intersecting -En Passant-

 

 

 

 

 角を振り上げながら、俺は教室にいる奴ら全員を見渡すかのように顔を上げた。

 目の前で組み合いながら静止して、滑稽な姿を見せる二匹のオオカミ。

 このオオカミ共の争いを前に声を上げることがやっとだった、肉食や草食獣たち。

 集まる視線は、トムソンガゼルの俺の視野が全て捉えていた。そしていつもなら「何見てるんだ」と捨て去ってきた俺は。

 目を点にしながら、因縁を付けるように突っかかってきた。トラ、ピューマ、それに柴犬を睨むようにしながら、俺は叫んでいた。

 草食獣が喚いた所で、大した意味などないとわかっていても。

「お前たちのように上手く自己表現できる奴も、今目の前で力を使ってその場をねじ伏せることができる奴らだって、このクラスにはいる。だけどな、この馬鹿ホッキョクオオカミやアラスカンマラミュートのように、反発したり上手く伝えられない奴だっているんだ」

「ちょっと、ガゼル君。馬鹿ホッキョクオオカミって唯の侮辱」

「煩い黙ってろ白オオカミ」

「いやいや、白オオカミって何なの」

  噛まれた腕から血を流しながら間抜けた声を出したホッキョクオオカミを一蹴して。

 いや、そうじゃない。

 気の抜けたホッキョクオオカミの、拍子抜けした顔を見たからだろう。

 俺は、それまで自分がしてきたことを思い返すように、荒げた声を潜めて呟いていた。

 まるで、ドラマの主人公が独白するかのように。

「俺も、勉強以外興味ないって思うばかりに、関わろうとしなかった。それは、勝手だが謝らせてくれ。すまなかった」

  そうだ、元々は俺から始まった争いなんだ。

 肉食だとか草食だとか。望んでもそうでなくても、生まれてきた種族で、勝手に分けられて。

 草食獣は、油断すればすぐに死ぬと教えられて。その教えに従うように、肉食獣と距離を置いてきた。

 そう教えてくれたのは、母だけだった。

 

 トムソンガゼルとして生まれた俺に見向きもしないで、忌避して。ガゼルの家系を守ろうとしたが為に、無かった存在として扱おうとした祖父母や父親が。

 最後まで、許せなかった。許して欲しいと願うことも、一度も思わなかった。

 

 俺は、蔑ろにされてきた自分を、見返してやりたい思いに狩られるかのように。いつの間にか周りに対して興味を失って。身体能力では他の種族には遠く及ばないこの身体を持ったが為に。

 打ち込めば打ち込む程、この世界のことを知ることができて。呪縛のような声を浴びせられ続けた俺に、この世の中は欺瞞と偽装だらけだと教えてくれた勉学。

 それだけが、俺の生きる証となって。種族を問わず共存を目指すこの学校に入学して、我武者羅に勉学に噛み付くようにしながら勉強して。

 数値化される成績を叩き出す。

 それだけが、母に対する感謝の言葉に変わるものであり。

 塵を見るように見下してきた他の身内共を、見返して。

 いつの日か後悔させてやる、と思うばかりに。

 俺は、草食獣として。いや、獣人の一匹として。何か忘れてしまっていたのかもしれない。

 だからだろう。

 こんなにも、理性を無視して言葉ばかりが先走っているのは。

「でもな、反発したりそっぽ向いているからだとか、何も言えないからといって、協力してない訳じゃないはずだ」

 思いのまま話し続ける俺に。

 どうしてだろうか。今朝の争いを前にして、何も言えずに怯えていた草食の奴らが。

 立ち向かおうとしても踏み切れなかった、肉食の奴らまで。

 何で。

 どうして俺を、目を輝かせてまでで見てくるんだ。

 

 ……クソがっ!

 その眼差しを受け切れなかった俺は。思ったよりも、ずっと臆病だ。

「少しでも反論すれば、怪我どころか殺されるかもしれない。今の状況を実際に見ればだろう、お前たちなら!」

 向けられる視線を、俺は逃げるようにして。行きどころのない思いを、トラたちに押し付けていた。

「ふん、言うじゃないかガゼル」

「全部僕らが悪いって言いたいんだね、君は」

「いつも教科書がお友達のお前がっ、イテテ。こんな時にクラス全員を先導しようってか!?」

 その通りだ。

 俺は、立ち向かうこともできない草食獣だ。それを盾にして、最初に絡んできたトラ。ピューマ、柴犬。

 そして。ホッキョクオオカミと組み合うハイイロオオカミに。

  全て、擦り付けようとしけようとしていたのかもしれない。

 

 でも。

 そんな単純な理由ではない。

「そう思うのはお前らの勝手だ。それを否定する権利も、俺にはない。だから。」

  言って、俺は。

 勉学というものに縋り付いて。周りを蔑ろにしてきたことに。

 今更、気付いてしまった。

 肉も食えない、弱い奥歯を噛み締めながら。

 これまでにない程に、目を見開いた俺は。声が潰れるまでに、思い切り叫んでいた。

「俺の勘違いだって言いたいのなら。今すぐ俺を噛め!引き裂いけ!争いごとの元凶の俺を、なかったことにしてみせろ!」

 

 発してすぐに、トラは牙を剥き出して自制しているように見えたが。

 ピューマと柴犬が、爪と牙を全力で見せ付けて。

 本気で仕留めようとする獰猛な目を光らせて。俺を殺そうとする殺意まで、言葉はなくても感じさせていた。

 

 これで、俺は。

 多分死ぬだろうな。

 ずっと逃げ回ってきた肉食獣に、爪や牙を突き立てられて。

 血と肉片を散らせながら。

 後悔は、なかった。

 

 これまで目立たないようにしながら、肉食獣どもに食い殺されることを恐れて。

 逃げてきた俺は。言いたいことを、全部言い切った。

「身体は細いが、草食獣としての味は保証できる。俺を食い殺して、お前らの気が済むのならっ!」

  無意識に叫んだ声は、止まらなかった。

「どうした。今すぐ殺してみろよ。怖気付く暇があれば、さっさと俺を殺せっ!!」

 言い終えた、俺は。

 爪と牙を向いて飛びかかってくる、ピューマと柴犬を目前としながら。

 

 種族を問わないという、この学校に反する言葉を並べるかのように、肉食獣共に挑発していたことに。今更気付いて。

 いや、そんなことなどどうでも良かった。

 

 草食獣はすぐにでも死ぬと教えてくれた母へ。最期の思いが、詰まっていたのかもしれない。

 

 ごめん、母さん。

 

 身内に疎まれながらも、産んでくれたのに。こんな、どうしようもない息子で。