※注記※
本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」の続編となる、短編小説です。
登場人物は私の趣向により、ケモノです。
この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
※注記終了※
Tails Intersecting -Material Advantage-
食い掛かった柴犬をいなして、抑え込んだホッキョクオオカミ。
浮かべる表情と発する声の色だけは、見た目と同じで真っ白で、どこまでも平坦だった。
それに対峙する、虎とピューマ、ハイイロオオカミは、真逆を行くかのように。
リノリウムの床に押さえつけられた柴犬を尻目に、煮えくり返るような感情を剥き出しにするかのうように。
牙を。爪を。腕まくりした二の腕から血管が浮き出たせて。
草食獣はおろか、肉食獣さえも引き裂き、食い千切ることなど容易い。
そんな意思表示をするかのように、唸るような声を喉元からひねり出していた。
ホッキョクオオカミの行動や言葉が、挑発を第一目標としている訳ではないというのはわかっている。
わかっている、つもりでいる俺だけでなく。
周りの草食獣だけでなく、見守るよいうに何も言えないでいる他の肉食獣でさえ。
緊迫した状況に、怯えて。
身動きも取れないまま、震えるしかできなかった。
「おかしいことだよね」
あと十数分後には、朝会が始まるにも拘らず。
ホッキョクオオカミは、冷静を通り越して、天然とも思わせる発言をしやがった。
多くのクラスメイトが。草食や肉食拘らず緊張している中で。
「僕は君たちに囲まれて、殺されるようなことになってもおかしくない。でも僕は、君たちがそれで満足するなら、それで構わない」
この、馬鹿ホッキョクオオカミは……!
ガゼルである俺を庇ったことに、慢心しているのか。
淡々と喋りに喋りやがって。
「なのに、どうしたって言うのかな?その気になれば、柴犬君を抑えていることで精一杯な、オオカミの中でも一回り小さな僕なんて。その爪を思い切り振りかざして、一噛みすれば終わりだなんて、君たちならわかるはずなのに」
肉食獣に敵うはずもない俺を、勝手に守っておいて。
それでも尚、どうしてそんな。
「それとも、ガゼル君に手を出しておきながら、今更怖くなったのかい?……来る気は、ないの?」
細めた瞳で俺を襲い掛けた肉食獣共を見据える真っ直ぐな視線は。
他の草食獣だけを差し置いて。
俺に、同情するとでも、言いたいのか?
ふざけているのか?
……ふざけるな、馬鹿オオカミ!
「普段は黙り決めている君が、そこまでお喋りだったなんて、ね。意外を通り越して呆れる位だよ」
俺の思いを代弁するかのように声を発したのは、種族そしては同族であるハイイロオオカミだった。
「ガゼル君を勝手に守っておきながら。人質にするように、柴犬君を捻じ伏せている君の方が余程の悪に見えるよ、ホッキョクオオカミ君?」
「そう、だ。偽善者つも、りなのかよこのクソっ、が!?痛っ、ててててっ!!!」
その声を受けて束縛から逃れようとする柴犬の肩を、締め上げて悲鳴を上げさせても。
「だから、動かないでって言ってるでしょ、柴犬君」
ホッキョクオオカミは。
毛色の如く、雪のように冷たい視線を。目線を。表情を。
どこまでも貫き通していた。
「逆に聞かせて欲しい、ハイイロオオカミ君。僕が柴犬君の肩や腕の筋や関節を痛めるより、君の牙が僕を襲う方が速いはず。身体能力は、僕よりも君の方が断然上。にも拘らず、どうして来ないんだ?後ろめたいことでも、あるのかい?」
ホッキョクオオカミがそう発した途端。
それまではどんな骨でも砕ける牙を、覗かせながら。
それでも尚、唸り声を上げていた、ハイイロオオカミが。
「同族と括っていた僕が愚かだったね。舐めるなよ、ホッキョクオオカミ君……!」
「やめろっ!」「挑発に乗るんじゃない、ハイイロオオカミっ!」
一八〇センチを優に超える体躯を持ちながら、体格故の鈍さなど感じさせず。
トラやピューマの制止を無視して、ホッキョクオオカミに向かって跳躍していた。
迎撃するホッキョクオオカミも、押さえ付けていた柴犬の両腕を放棄して迎え撃つようにし、利き腕でない左腕を抱えて防御の構えを取る。
血色の花弁とも言える、血飛沫が広がる。
跳躍からの垂直降下を、持ち得る牙に乗せた、ハイイロオオカミの腕が振り抜かれる!
豪腕と爪の一撃を、右手で支えた左腕一本で受けた、はずだったが。
ホッキョクオオカミの細い腕では防ぎ切れず、惰性を残したハイイロオオカミの凶腕は。
白い毛並みのオオカミの左目を掠め、鎌鼬のような裂傷を負わせることとなった。
飛び散る血の海。血に染まる教室。木霊する悲鳴。
ホッキョクオオカミの瞼を引き裂き、唸るハイイロオオカミ。その瞳は、理性を失った、ただのケダモノだった。
一方で。
「左目だけで済んだのは、まだ運が良かったか」
止まらない血の流れに目を瞑りながら。
持ち前の機敏さと運動能力を使い、素早く後転し跳躍して後退したホッキョクオオカミの動作は。
視野は広くても動体視力に劣る俺には、細切れの映像のようにさえ見える程素早かった。
相対するハイイロオオカミとの距離を再び離しながらも、ホッキョクオオカミは左目から止まらない血は開け続けること難しくしていた。
当然、か。
幾ら戦闘能力に優れるオオカミであっても、体躯的に小柄なホッキョクオオカミが、大型種であるハイイロオオカミに敵うはずがない。
俺は。
惨劇、と言えば理知的と呼ばれるかもしれないが。
こんな、学校という教室で。
それも同じクラスに所属する同士で。
殺して、殺されるという現実が繰り広げられている。
発端は、草食獣の俺が。
煩わしいと思えるまでに絡んできた、肉食獣共に思いをぶつけただけだったのに。
どうして。いつも黙ってばかりで、浮世離れしていたホッキョクオオカミが。
同族であるはずの、ハイイロオオカミの爪を受けて、血を流しているんだ。
こんなこと、馬鹿げている。
なんで誰も、傍観するしかできないんだよ。
いや。
俺も、そうだ。
何も言えないことは、同じだ。
「傷になるかな、この左目」
どこか、間抜けた声色。聞き覚えがあるどころじゃない。
「元々小さい頃、縫って傷跡になってるんだけどさ。でもやっぱり、痛いなぁ」
血を滴らせるように俯いていた顔を上げた、ホッキョクオオカミは。
どうやら目を潰されるような重傷は、何とか受けずに済んだようだった。
でも。
天井を見上げるようにして、顔面の半分以上を血色に染めながら息を吸って。
吐き終えたその顔は、目の前のハイイロオオカミを見据えていた。
潰されかけた左目と、無事な右目はどこまでも獰猛で。
普段ではやる気のなさからか、終始閉じて微動だにしなかった口元は。
牙を覗かせながら、鋭い歯を噛み合わせる不協和音だけを醸し出していた。
「これで、満足したかい?それとも、まだ足りないかな?」