【趣味・小説】Tails Intersecting -Promotion-
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※注記※
本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」の続編となる、短編小説です。
登場人物は私の趣向により、ケモノです。
この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
※注記終了※
Tails Intersecting -Promotion-
ガゼルとして、草食獣として生まれ育った俺は、細身で軟弱な身体のまま育った。
真後ろ以外は、首を動かせばほぼ全域の状況を把握できる視界を生まれ持って。
本当なら、食い殺そうとしてくる肉食獣から逃れる為に得たものであるはずなのに。
今では、目の前のトラが鉄拳を繰り出すことも、周りで怯えるようにして目を逸している他の動物共や。
俺を取り囲んだトラを含んだ四匹の、「生意気な」と言いたいばかりの歪んだ怒りの表情さえ、全て見えてしまう。
見たくもないものも、見えてしまう。
そんなもの、俺には不要だ。望んで欲しかったものでなんかない。
もっと他の肉食獣と対抗できるだけの力を望んだ時もあった。
でも。俺に与えられたものは。
不利な状況を「視覚」から認知し、如何にその場から「逃げるか」を考える、無駄に回る頭脳だけだった。
それが叶わない状況、俺は、どこまでも無力だった。
例えばそう、今まさに肉食獣の一撃から逃れられないような時は。
本気を出せば、俺のようなガゼルなど一撃で粉々にして、角を残して肉片に変えることも簡単なトラの拳を。
白い毛並みの、ホッキョクオオカミが受け止めていた現実に、俺は恐れて震える以上に。
一瞬の間に起きたこの状況を、理解できずにいた。
「誰かと思えば、まさかお前が来るとはなぁ」
拳を放ったトラの、極限まで下がった声が、俺を現実に呼び戻した。
改めて、滑稽を凌駕する光景に間違いはなかった。
肉食獣共に絡まれて、俺は俺なりの答えを返した。
肩や腕を折られそうになる暴挙を取られても、俺は。
横柄と感じた肉食獣共に、思うこと全てを、吐き出したつもりだ。
それで怪我させられても、殺されかけても、俺は構わない。
好きにすれば良い、と諦めたつもりだったのに。
死を垣間見えさせる一撃を防いだ、目の前のホッキョクオオカミは、普段から何を考えているかもわからない程寡黙で。
話し合いの場では黙りを貫いているようでいながら、時々鋭い視線を全体に向けて。
俺からすれば、高校生の癖に達観でもしたのか、とさえ思っていた。
そんな奴が、俺を、助けた?
「朝一から、君が来るなんて珍しいものだね」
「なんだよ、いつも黙ってばかりのお前が、正義の味方気取りかよ」
ピューマと柴犬が、眉間にシワを寄せながら爪と牙を剥き出す。言葉だけはまだ穏やかそうではあるが、二匹とも戦闘態勢に入っている。
その中で。取り囲む四匹の内、一匹だけやけに冷静で、優しげなのか飽き気味なのか曖昧な声色を、ハイイロオオカミが静かに零していた。
「種族は同じだけど、君の行動はやっぱりわからないよ。どういう風の吹き回しだい?」
ピューマや柴犬は、肉食獣の中では中型に位置している。大型種よりも俊敏さはあるが膂力はない為、闘争本能的に戦う姿勢を丸出しにしているのだろう。
一方トラやハイイロオオカミは大型種に属しており、戦闘力だけ見れば、俺たち動物界でも 随一だ。
俺のような草食獣からすれば、脅威以外の何ものでもない。喩え抗えるだけの角といった武器や逃げ足を持っていたとしても、真正面からやり合えば確実に殺されるのは目に見えている。
だからこそ、大型種の二匹は、内心はともかく。
表向きな表情や声に余裕があるのは、戦って負けない自信が表れているせいだろう。
視線を目の前に集中させる。
トラの腕力に拮抗するように震える、寡黙なホッキョクオオカミは。
どちらかと言えば大型寄りではあるが、肉食獣では大型種と中型種の中間に位置する。
つまり、戦えるだけの力を持ちながら、ある程度の機敏さも持ち合わせている。
相手が完全に意識が散漫になっていたり、油断しているような場面であれば、ホッキョクオオカミも相手を幾らでも倒せる。
丁度、今がその状況だ。
だが眼前のホッキョクオオカミは、戦うのではなく、相手の攻撃を受ける選択を取った。
そんな行動を取る利点など、何一つないはずだ。
殺気と怯えが、教室を静かに満たしている。
沈黙を破ったのは、毎日のように顔色も声色も変えない、ホッキョクオオカミだった。
「僕がこんなことをしている理由を聞いているのかい?それなら、特別、何もない。朝来たら教室が煩ったから。それだけじゃ、足りないかな」
拍子抜けにも程がある。
下手したら喧嘩沙汰以上に、教室が中に血肉が飛び散っていたかもしれないのに。
第一、野蛮な四匹が聞きたいのは。
「何でガゼルなんかを庇った」だろう。
的外れも的外れだし、肉片と化したかもしれない当の俺でさえ、答えにすらなっていない。
本当に訳がわからない。このホッキョクオオカミは。
「ふざけてるのか、てめぇっ」
「いつもよくわからない奴だとは思っていたけど、やっぱり君はおかしいよ。何もかもが」
トラの拳を堪え続けるホッキョクオオカミの隙を狙わんとばかりに、柴犬とピューマが吠えた。
それを、最底辺にまで落ちた声が無理やり制止させた。
「こいつ相手に、ムキになるな。話すことも禄にできない奴だ」
トラが拳を退いて、頭一つ低いホッキョクオオカミと対峙する。彼らの視界に、最早ガゼルの俺など入っていないだろう。
もう一匹、ハイイロオオカミがトラに並んだ。
「答えになってないよ、ホッキョクオオカミ君。僕たちが、いや僕個人的に聞きたいのは、何で苛立たせた元凶のガゼル君を庇ったのか、だ。君も、アラスカンマラミュート君も同類なんだよ。まさか種族を超えた、同じ思いを持った者同士の仲間意識、なんて根拠のない理屈をこねるつもりはないと思うけど?」
俺の顔など、簡単に覆い隠して握りつぶせる程大きな手を持つ、トラとハイイロオオカミ。
その手が、小刻みに震えている。表面に出さないだけで、内心ハラワタが煮えくり返る思いを抱いている証拠にさえ見える。
トラの一撃を受けて、痺れたであろう両腕を「痛てて」と漏らしながら軽く振ったホッキョクオオカミは、相対する四匹とは真逆を行くように。
白い毛並みの純白さを、どこまでも貫こうとしているかのように、何一つ変わることはなかった。
肉食獣でも、こんなにも美しく見えることも、あるのか。
思って、俺は転瞬の思いを振り払った。
俺は、何を考えているんだ。
目の前で繰り広げられるやり取りよりも、自分の中で浮き沈みする思いに振り回されている俺を尻目に。
ホッキョクオオカミが発した言葉は、いつまでも平坦で。
そして、達観しているかのようであった。
「流石、トラの一発は重いね。腕が痺れたよ」
誰かが発するよりも速く、ホッキョクオオカミは続けた。
「不満そうだけど、もう一つ付け足して貰う。こんなことして、楽しいのか?それとも、反発する動物をねじり倒すことで満足する、と言えば良いのか?」
声色は変わらないのに。
言い終えたホッキョクオオカミは、これまで見せたことのない程、目を細めて鋭くし。
鼻面にシワを寄せて。牙を剥き出して、奥歯を軋ませる程噛み締めて。
喉の奥底から響くまでの唸り声を上げていた。
俺は直感してしまった。
達観なんて、そんな簡単なことではない。
このホッキョクオオカミは。
寡黙で話下手と思わせてきたそれまでとは打って変わって。
もっと深い、とてつもなく強い想いを持っている。それも、目の前の脅威など跳ね除ける程の、確固たる何かが、彼をそうさせている。
先程まで暑苦しい連中をあしらってきた、つもりだった俺は。
今、震えている。
これまでも同じような目に、何度も遭って。
その度に痛い目を見て、泣いて。繰り返される度に、いつのまにか泣くのをやめて。
距離を置いてまで、強くい続けたはずの俺が。
何も言えないまま、みっともない位、震えている。
「言うじゃねぇか、寡黙野郎。なら本気で来いよ。噛み殺すことくらい、お前だって簡単なんだろう!!」
ただならぬ雰囲気に、教室中の誰もが飲まれそうになる中。
それに屈服しかねた柴犬が、トラたちの「よせ!」という声を振り切って、ホッキョクオオカミに牙を突き立てようと飛びかかった。
草食獣の骨をも簡単に砕く牙が、照明を受けて白く輝く。
「どう言われても、どう思われても。僕は構わない」
迎え撃ったホッキョクオオカミは。
柴犬の口元を左の裏拳で軽く小突くことで牙の行き先を失わせ。
標的を掴む為に伸ばされた左腕の元である肩を右手で抑えながら、柴犬の足を払い。
雲のような、流れる挙動のまま、宙に浮いた柴犬の左上腕を手に取って。
決して激しくはないものの、柴犬を地面に押さえつけていた。
「仕掛けたのは君だから、正当防衛とさせてもらうよ」
向かってきた相手を完全に抑え込んだホッキョクオオカミは。
普段では見せないような、獰猛な笑みの半弧を、口元に浮かべていた。
一瞬の間に起きた出来事を目の当たりにして。
ホッとするよりも、俺は。
何もできもしないで、何も言えないでいたのに。
このホッキョクオオカミも、野性的で戦闘特化した種族なんだ。
普段黙っているだけで、結局は、絡んできた奴らと同じじゃないか。
そんな落胆に似た感情だけが湧き上がっていた。
同時に。
俺は、何がしたいんだ。
ガゼルの俺が、こんな下らないことに付き合う必要なんてない。
ない、のに。
「クソ、離せこの野郎!」
「下手すると肩や肘が痛むから、そのまま大人しくしてて」
「ふざける、なっ!イタタタっ!!!」
「いいから、動かないで」
地面に杭打ちされたように暴れる柴犬が、ホッキョクオオカミに屈している。
肉食獣の中型と準大型。考えるまでもなく、両者の力の差は目に見えていた。
それでも尚。
目の前のホッキョクオオカミは、自分の力に溺れるような表情を見せることなく。
相手を打ち負かした、なんて単純な優位性に浸るような様子すら見せない。
俺に絡んできたトラたちが目を見開いて驚いている位なのだから。
身体的強さも膂力も及ばない俺には、異常にしか見えなかった。
いや、違う。それは僻んだ感情を持って始めて生まれる見え方だ。
このホッキョクオオカミは。
寡黙の果てに何を考えているのかわからない、なんて疑念は、恐らく詰まらないものになる。
多分、恐らく。
もっと強くて、誰にも曲げられないような何かを持っている。
錯覚かもしれない。でも。
草食獣として、ガゼルとしての俺には、そう見えかけていた。
俺のそんな思いなど尻目に。
トラも、ピューマも、ハイイロオオカミも。
仲間意識なのかしらないが、最早隠すことをやめたように、各々が武器とする牙や爪を光らせ、威嚇するかのように唸り声を上げていた。
幾多の脅威を、一匹で受けるホッキョクオオカミは。
覇気、とでも言えばいいのか、俺にはわからないが。
両腕で柴犬を抑えつけながら、それでも他の肉食獣に屈しない冷徹な表情を終始浮かべ続けていた。
「そんなに、僕が憎くて……君たちには、邪魔かい?君たちがその気なら、幾らでも相手になるよ。時間と体力が無駄になりそうだから、僕は願い下げたいところだけど、さ」
最初は、弱者とされる草食獣でガゼルの俺が一方的に痛めつけられそうになっていた。
それが今、たった一匹の、変わり者のホッキョクオオカミによって、覆されそうになっている。