白兎と雪狼の、果てなき旅路

ドライブやドライブや写真撮影を趣味とし、その他、HSPやAセクシャル、イジメ。精神的・心理的なことについて綴っていきます。

【趣味・小説】Tails Intersecting -Stalemate-

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 ※注記※

 本記事は前回投稿した「Tails Intersecting」の続編となる短編小説です。

 登場人物は私の趣向により、ケモノです。

 この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。

 ※注記終了※ 

 

 

 

 

 

 

 

 Tails Intersecting -Stalemate-

 

 

 昨日の喧騒が、俺からすれば馬鹿みたいに思える朝だった。

 授業開始前の教室には、クラスメイトの連中が少しずつ集まり始めていた。

 イヌやオオカミ、ライオンやトラ。

 アカシカやシマウマ、ウサギやサイ。

 雄雌だけでなく、主食とするもの、種族でさえ全員がバラバラ。

 これを共存していると見るか、混沌と捉えるか。

 

 俺にとって、そんなことはどうでもいいことだ。

 この学校に入学したのは、単に偏差値の高い学校として有名だったから。

 そんな単純な理由ではなかった。

 

 かつては種族や食性を根本的要因として隔てられ、差別もあったこの世の中で。

 最近になって、そうった偏見を乗り越えて共存を目指そうという意見が出始めた。

 表面は善良に見える政治家の発言だけでなく、大音量で共感を訴えかける街頭宣伝。

 それだけでなく、匿名性を良いことに様々な手段を用いて個々人の意見が情報として飛び交うようになった。

 

 この学校も、そんな世間論を汲み取ってアピールするかのように。

 種族を問わない名門校、として有名になって久しい。

 

 確かに、表向きには種族という違いを超えて共に学び、切磋琢磨して、共存する大切さを育むことで。

 学校という閉鎖的空間から社会に出た時に、種族差起因の偏見。或いは戸惑いや孤立を防ぎ、世の中をより良くしていこうとしているのだろう、と俺は考えている。

 

 が、実際はどうだ。

 たかだかクラスの決め事の為に無駄な時間を費やして。

 賛同する奴らが多い中、血の気の多いアラスカンマラミュートが吼えたことを切っ掛けにして、そいつだけ除け者にしようと怒号を飛ばし合って。

 その後ろで、いつも黙ってばかりのホッキョクオオカミが目を細めて、時々俺を睨むような目線を向けられた。

 時間と体力の浪費、と溜め息を吐いた俺を、「食い殺してやるぞ」と言わんばかりの鋭さだった。

 

 挙げ句に何も決まらないまま、今日という日を迎えて。昨日のことなどなかったかのように、笑い話やくだらない雑談が耳障りな程行き来している。

 

「昨日の決め事、あいつが無駄吠えしなければすんなり決まってたよな」

「ホントそう。何でああいう時に協力しようとしないのかしらね。早く帰って勉強したかったのになぁ」

 草食獣の雄雌が声色高く、小馬鹿にする意を含んだ会話をしている。

 一方で、肉食獣の奴らは。

「お前らイヌ科は社交的なんだろ?意見違っても周りに賛同して、尻尾振ってニコニコするんじゃねぇのかよ?」

「おいおい、その言い方はないだろ。俺だって中型のイヌ科だけど、頭に来るようなことがあればちゃんと反論するんだぞ」

「だけどさぁ、あのアラスカンマラミュート。吼え散らかして喧嘩吹っ掛けるようなあの言いぐさはおかしいだろ。トラの俺からすれば訳わかんねぇし、わかりたくもないな」

「いや、まあ。俺だってあんなことはしないよ。周りに合わせた方が良い時だってあること位わかってるつもりだよ」

「それよりも、いつも幽霊みたいに黙ってばかりのホッキョクオオカミ。退屈そうにしてるトムソンガゼルの方が、僕からすればイライラするな。クラスの決め事に参加しようともしない奴なんて、本当に邪魔なだけだよ」

 トラや柴犬、ピューマ、ハイイロオオカミがあからさまな批判を口走っている。

 

 聞くだけ時間の無駄だ。

 何が共存だ、馬鹿馬鹿しい。

 

 溜め息を吐いて下がった眼鏡を押し上げて、俺は一限目の授業の予習を始めた。

 今日は確か、ここからだったな。

 教科書を開いて、目に飛び込んできたものは。

 

 獣の歴史と共存。

 

 ……どこまで、馬鹿にするつもりだ。

 授業として教える以前に、今目の前で起こっていることを鑑みれば、矛盾にも程があること位誰でもわかるはずだ。

 

 

 予習するのも無意味だな。

 違う教科を開くとしよう、とした時だった。

 

 教科書を閉じようとした俺の手を、ハイイロオオカミの大きな掌が振り下ろされた。

 机を軋ませる勢い。手から伝わる痛みで、思わず声が漏れた。

 

「優等生は違うね、トムソンガゼル君」

 

 喉から唸り声が聞こえてくる、不快な声。

 歯を食いしばりながら見え得たその先には、いかにも不快そうでありながら口元だけ笑っているオオカミがいた。

 そして、いつの間にか。

 肉食獣の奴らが前後左右、俺を取り囲むように立ち、見下していた。

 まるで、逃さないと言わんばかりに。

「何のつもりだ」

 眼鏡越しに、首を左右に振って周囲を睨む。

 草食獣でトムソンガゼルの俺は、焦点は合わせづらいが、広い視野を持っている。少し首を振るだけで、ほぼ周囲一体を把握できる。

 その視野の端、ちょうど俺の後ろに立っていたピューマが、肩に手を載せてきた。

 ゴワゴワした毛並みの感触と、俺が持たない肉球の妙な感覚。

 触るな、と言おうとした瞬間。

 激痛が走った。

「聞こえていなかったかい?いや、聞こうとしなかったのかな。ちょうど君のことについて話してたんだよ、僕たち」

 物凄い握力と、鋭い爪。

 あと少しでも力を込めれば、俺のようなトムソンガゼルの身体など簡単に砕かれ、突き立つ爪によって血が噴き出すだろう。

 そうならないギリギリの所で、ピューマは俺の肩を掴んでいたのだ。

 痛みで、声がでない。視界さえぼやける。

「話し合おうともしないお前も、昨日の奴らと同じなんだよ。一人優等生気取りで、自分は関係ないと思ってる、違うか?」

 今度は目の前の虎が、大きく顎を開き鋭い牙をちらつかせてくる。

「賛同するかしないか以前に、どうでも良いって顔すること。それって一番汚いやり方だって思わない?」

 左の柴犬が、柔らかそうに見える笑みを向けてきている。

 

 こいつらは。

 俺のことを非難するだけでなく。

 これ以上下手な真似をするなら、いつでも食い殺せるのだと、どうやら言いたいらしい。

 周りの草食獣どもも、他の肉食獣どもも、俺がされていることを見ているようで、無視している。

 トムソンガゼルの視野の広さからすれば、目の前の奴らも、周りの奴らも。

 

 こいつらは、やはり。

 全員同じだ。

「共存、か」

 手や肩の痛みが続いているのに、俺は勝手に笑いを浮かべていた。

「なんだって?」

「何笑ってやがんだ、気持ち悪ぃ」

 手を抑え込んでいたハイイロオオカミも。

 肩を握りつぶそうとしていたピューマも。

 牙を向けて獰猛な視線を向け続けていたトラも。

 耳元で囁くように笑顔だった柴犬も。

 

 俺から一歩退いて、途端に目の前に集まり始めた。

 一斉に襲いかかる、殺意に似た感情を乗せた視線。

 ズレた眼鏡を直して、俺はそいつらに言い放った。

「そうやって馴れ合うことが、お前らの言う共存なのか?」

 いつもなら、こんな詰まらないことに一々付き合ったりはしない。

 だが、今朝は違うようだ。

 一匹が手を出そうとしてきたが、声を張った俺がそれを止めた。

「反論したアラスカンマラミュートや黙り込んだホッキョクオオカミを批評した挙げ句に、今度は俺を潰そうとしているのか?なら言ってやるよ。お前らはクラスのことについて全員が参加しないといけないと言ったな。だが実際は、食い下がったアラスカンマラミュートを邪険にしていたな。それに、いつでも止められるように目配りしていたホッキョクオオカミの視線、お前らは気付かなかったのか?」

 言い返せないのだろうか、唸り声を上げて俺を見下す肉食獣たち。

 それでも俺は逃げるつもりはない。

「ついでに言っておく。実際に意見した奴は、どれだけだった?両手で数えられる位しかいなかっただろう。大半は相槌打つ程度だ。これが何を意味しているか、わかるか?」

 

 俺の声が室内を支配するなか、教室のドアが開く音が聞こえた。

 

「誰だって思っていることはあるはずだ。だがな、力にものを言わせて発言するような奴らがいるから言い出せない奴だっている。何故なら、自分の意思表示をした結果、排除されたるような目に遭いたくないからだ。今まさに、お前らが俺にしてきたことのようにな」

 

 静寂。

 俺の胸元を掴んだ、トラの怒号がそれを破った。

「いかにも優等生らしい発言だな。でもな、あまり調子に乗るんじゃねぇぞ」

 釣られるように、ピューマが、柴犬が、ハイイロオオカミが。

「それ、屁理屈っていうんじゃないの?」

「綺麗事言えば逃げられる、なんて思ってないよな。トムソンガゼルのその脚で逃げようとしたって、そうはさせないぞ」

「それとも、その立派な角を振り回して戦うつもりなのかな?」

 眼前の四匹が、鼻面にシワを寄せながら、牙を剥き出している。

 相変わらず、周りの奴らは怖がっているのか、関わりたくないのか。見知らぬ顔をして、敢えて俺から視線を外していた。

 

 本当に。

 クソ喰らえ、だな。

 

「俺はそんな面倒な事などしない。やりたいなら好きにやれよ。感情任せにした後にどうなるか、わからないなら」

 途中で堪忍袋の緒が切れたのか、トラが拳を握って振り下ろそうとしてきた。

 肉食獣の一撃なんて貰ったら、確実に瀕死になるな。

 こんな時でさえ冷静に分析し続けながら、俺は最後まで言い切ってやった。

 

「それが、お前らの限界なんだよ」

 

 毛並みが逆立ち、震える程強く握り締められたトラの鉄槌が、振り下ろされた。

 

 あとはもう、好きにすればいい。

 殴るなり蹴るなり、噛み付くなり。

 殺したいのなら、殺せばいい。

 大騒ぎで済まないことになるだろうが、な。

 

 

 縞模様の腕が、俺を貫いたと思った。

 

 しかし、現実は。

 

 

 白い毛並みの、細いながらも引き締まった腕が。

 寡黙なホッキョクオオカミが、トラの一撃を、左手で支えた右上腕で受け止めていた。