【うつ病・人間関係】カウンセリング ~人生が開けた瞬間~
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一昨日、大雪注意報が発表されました。
地元に近い軽井沢では、10センチほどの積雪があったようです。
天候は、どこまでも気紛れだなと思うと共に。人間もまた、気紛れで。
時には厳しくても、時には、温かい。
そう思いながら、花粉症でもないのに鼻水が止まらなくなっている、白兎です。
皆さん、こんばんは。如何お過ごしでしょうか。
これまで綴って参りました、私のうつ病について。
現在も治療の最中ではありますが、実際は何度も回復と再発を繰り返しています。
気分がある程度晴れ渡って、心地好さを感じていたかと思いきや。不図した切っ掛けや一時に強烈なストレスに晒された途端に、食欲を失って、自己嫌悪して。
取り戻しつつあった車や写真撮影への興味もなくしていって、仕舞いにはまたうつ病を再発することを繰り返してきました。
それも、一度や二度ならず。
回復と再発を繰り返して行く内に。原因は、自分が弱いせいなんだろうな、と勝手に決めつけてきました。
そんな私は、それでも心のどこかで。
この負の連鎖を止めたい。いい加減にケリをつけたいと思い始めていました。
今回は、イジメの経緯から誰かに相談することに見切りを付けたことで。個人的主観では負のスパイラルを断ち切れないことを思い知ったこと。
そんな私に、第三者の目となり話を聴いてくれた、カウンセリングに通い始めた経緯と、それにより救われたことについて、綴っていきたいと思います。
- 浮き沈む気分
- 上手くいかない人間関係と娯楽の間で揺れ動く心
- 寝床に就く度に、うつ病を受け入れる自分に嫌気が差して
- うつの傾向と原因を模索して
- カウンセリングで、人生が開き始めた
- カウンセリングは怖いものでも、自分の負けを認めるようなことでもない
浮き沈む気分
うつ病を引き摺ったまま、私は地元の職場に就いて8年程経ちます。
病を患った首都圏を離れ、初期配属という形で入社後初めてとなる勤務地に戻ったことで。当時お世話になった上司や先輩たちは、相変わらずのまま、私を迎え入れてくれました。
たった2年しか離れていなかったのに、何故か懐かしさを感じながら。
会社へ赴くことも苦でなくなり、時には凹むこともありましたが。比較的落ち着いた状況にすっかり安堵し、心の余裕もできていました。
しかし、時を経て。歳を重ねるごとに。
面倒を見てくれ、冗談を言い合うようにまでなった先輩たちは、定年を迎えて次々と会社を去っていき。気心が知れた人たちがいなくなっていくことに比例するように、職場は徐々に盛り下がっていきました。
活気も笑いも薄れていく様は、寂しさと空虚さだけを残していました。
それだけでも、私の気持ちは揺れ動き始めていました。
上手くいかない人間関係と娯楽の間で揺れ動く心
そこへ追い打ちを掛けるかのように。
社内システムやOA機器の管理者の任に就くことが決定して。引継書はあったものの、次々と変化し刷新されるシステムを前にしてはほとんど意味を成さず。
わからないことにぶち当たっても、職場に聞けるような人はいない辛さ。
それでも、社内システムを管理する身として、聞かれたからには答えたり対応しなければならないプレッシャーの嵐に晒されました。
そして、人の宿命とでも言えばいいのでしょうか。
皆さんにも、職場で「この人とだけは絶対に馬が合わない」と思う人が、必ずと言ってもいるかと思います。
私もそのような人とどうしても掛け合わない場面があり、その度に言いたい放題言われて。
言いたいことは山程ありましたが、「どうせ話しても、聞いてなどくれない」という染み付いてしまった思いが脳裏を過ぎって。ひたすら聞き流すことで、何とか自分を保ってきました。
しかし時には就業前の職場で、その人と面向かって喧嘩沙汰になりかけたこともありました。
一方で車のオフ会といった、趣味に入り浸ることで喜びや楽しみを挟むことで、苦境だらけの生きることに対して、活力を得ながらも。
大半は人間関係に起因する、虚しさを。時にはどうでも良いようなことからの怒りを覚えて、気持ちが下り坂になることも沢山あり。
揺らいでばかりの私の心に安寧が訪れることは、ありませんでした。
寝床に就く度に、うつ病を受け入れる自分に嫌気が差して
開放と抑うつを繰り返す内に、私は次第に息苦しさと葛藤に悩むようになっていました。
調子の良い時には、激しい離脱症状を伴いながらも抗うつ薬を断薬できても。
一度精神をグラつかせられる事柄と衝突する度に、私のうつ病の前兆である食欲減退を経て。
再び抑うつ状態となり、再び抗うつ薬を服用しなければならない状態に陥る。
そのようなことを、毎年のように繰り返してきました。
自分のことであっても制御できない、心の浮き沈みの激しさは。私自身への疑念が積み重なる結果だけを齎しましました。
どうして、一定の心の状態を保てないのか。どうして、事ある毎に一喜一憂して。
何で、自分から生きることに対して苦しくて辛い思いを背負い込んで、追い込むようにしているんだ。
その思いが、更に昇華していき。
食べても美味しと思えなかった食事に。興味を持っていたことも、日を追うに連れて捨てて。最後は、自分の死さえ享受しようとしたこと。
全てを思い出して、私は声なき声を叫んでいました。
もう、嫌だ。
薬を飲んで、一時的な心の安泰を得ながらも。
寝床に就く度に、すっかり草臥れていた日常に対し。自ら反旗を翻すかのように、私は日常の嫌なこと全てをかなぐり捨てて。
浮き沈みして苦悩する原因を外ではなく、自分の中にあることと信じ込むように。眠りに就くまでの僅かな合間、閉ざしていた精神と心へ、自ら入り込むことを試み始めるのでした。
うつの傾向と原因を模索して
綴りながら、最初に申し上げたいことがあります。
自分一人で、過去に経験した嫌な経験や忌避してきた記憶に立ち向かうことは、精神的な負担のみならず、心に対して大きな負担となります。
うつ病を繰り返して、気分が浮き沈みする現実に対して。
私は過去の出来事が原因と勝手に決めつけたが故に、独りで過去に立ち向かって。事実以上の負の感情に飲み込まれかけて、怒りよりも更に根深い憎しみばかりに晒されることになりました。
今だからこそ、迷いなく言うことができます。
忘却しようとした記憶だけでなく。
その時に覚えた感情の海に晒されて。攫われるかのように流されてしまいかねません。
最悪の場合、怒涛の如く押し寄せた記憶や思い、感情が。
今生きる自分まで飲み込んで、死へ誘おうとします。
その危険性を身を以て知ったことで。私は自分だけではどうしようもできないことを背負ってしまっていることを、初めて自覚して。
私でも、身内でもなく。第三者の視点や意見がなければ、抱え続けた思いは消えることはないと悟りました。
その決意に突き動かされるように、カウンセリングを受けることを決めるに至りました。
カウンセリングで、人生が開き始めた
そして、初めてカウンセリングを受ける日がやってきました。
行ったところで、何も変わらないかも知れない。無駄なのかも知れない。
自分の行動を、嫌悪するかも知れない。
でもそれ以上に、気分の変調に振り回されたくない。自分を、変えたい。
緊張の中、カウンセリングに臨みました。
初めての訪問だった為、まずは今の精神や身体の状態、症状などを問診という形で聞かれ、それに答えるといった流れで進んでいきました。
その途中で、カウンセラーから尋ねられました。
「貴方が、今一番治したいこと。変えていきたいことは、何ですか」
その途端、思考が止まりました。
私は昔から、抽象的であったり曖昧な表現をすることが多い人間です。
そこで唐突に、「具体的に、どうしたいか?」と問われたことで、思わず言葉が出なくなっていました。
少し、間が空きました。
そこから、私は徐に口を開きました。
「何かある度に自己嫌悪してしまう自分に、疲れてしまっています。それを、治したいです」。
そこから、気分の浮き沈みが激しくなっていること要因を探るべくを、まるで深層意識に潜っていくかのようにしながら、私とカウンセラーは話を進めていきました。
そこで辿り着いたのが、消えない過去の記憶。イジメでした。
当時、私が受けたイジメの中身。その時の周りの状況。その時の、自分の思い。
これまで無理矢理覆い隠してきた、治りもしていない傷の瘡蓋を抉じ開けるような思いで。私が受けた事実、感じた思いを曝け出しました。
親にすら話していないことも、全て吐き出しました。
向き合おうともせず。向き合えなかった過去を、傷を抉るように話している内に。
イジメの傷は治るどころか。傷口が完全に開いて血塗れで、生々しいまでに悲惨な状態であることを、改めて知りました。
私の気分の浮き沈みは。職場環境が変わったことで罹患したうつ病だけが原因ではなく。
絶対に漏らさないと誓うようにして封じ込んできた、過去の記憶やイジメの経験が根本的な要因となっていたのです。
一通り話し終えたところで、カウンセラーが一言、私に言葉を掛けてくれました。
「そんな状態だったのに、登校拒否にならず通学し切ったのですね。普通ではとても耐えられないのに」
一瞬、その言葉に疑問符が浮かびました。
何故なら、私の中では当たり前のことをしてきたまでだったからです。
登校拒否にならなかったのは、恐らく負けず嫌いな部分があるからだと思っています。
「そこまで、私が嫌か。なら、こっちもお前の思うようにはならないからな」
という思いが最後まで残り続けていたからでした。黙って引き下がることができなかったのです。余計に嫌われる結果となりましたが、最早知ったことではありませんでした。
カウンセリングの終わり際。
カウンセラーはそっと微笑みながら。
「そんな思いをされてまで登校拒否にならなかったのは、凄いことです。誰にでもできることではありませんよ。自分を、褒めてあげて下さい」
途端に、私は言葉を失って。少しだけ、肩が震えたことを覚えています。
帰宅した私は、疲れ切っていました。
癒えない傷を曝け出し、抉るような思いで話すことは、想像していた以上に疲弊を齎していました。
しかし、これまで感じたことのない感情が、私を取り巻いていました。
否定し続けていた自分を、許しても、良いのかな……
積りに積もった思いを吐き出し、それを基に自分の「認識」を変えていけるのなら。
私は、私を否定しない自分になりたい。
寝床に就く私は、これまで自らの手で足かせを付けていたかのような心が。軽くなって、なんとなく解放されたような心地好さに包まれていました。
嬉しさなのか、安堵なのか。
その夜は、哀しくもないのに。思い切り、泣きました。涙が止まりませんでした。
初めてのカウンセリングは、カウンセラーの方との相性も良く。今でも、通い続けています。
カウンセリングは怖いものでも、自分の負けを認めるようなことでもない
もし、身内や大切な人にも言えない、苦しい思いや過去を抱え続けて。
生き辛さを感じている方がいらっしゃいましたら。
カウンセリングを受けることは、決して怖いことではありません。
時には自分と向き合って、一時的には苦しい思いに打ちひしがれることもあります。
ですが、独りで抱え続けることは、必ず限界があります。
その時は、カウンセラーに思い切って話すことも、選択肢の一つとして、どうかお考えになってください。
人に話すことで、自分に負けただとか、弱みを見せるだとか。時には罪悪感のようなものを抱えるかもしれません。
でもカウンセリングを受けることは、そういった負の感情を取り払う為にあると思っています。
私も、最初は自分のことで人が悩んでしまうのではないか。自分のことで、誰かを巻き込みたくないという思いで一杯でした。
そんな私に、カウンセラーの方は言ってくれました。
それがカウンセラーの役割だから、心配なんて必要ない。
その言葉があったからこそ、私は今もカウンセリングに通って。譬え一時的であったとしても、拠り所の一つとなっています。
独りで悩まないで。そう言うことは簡単です。
それでも、もしこの記事をご覧になって、カウンセリングというものに対する意識が変わって。通い始める切っ掛けとなれば、この上ない幸いなことです。
今回も御閲覧くださいまして、ありがとうございました。
それでは、また次回まで。