【趣味・小説】Tails Intersecting -En Passant-
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※注記※
本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Material Advantage-」の続編となる、短編小説です。
登場人物は私の趣向により、ケモノです。
この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
※注記終了※
Tails Intersecting -En Passant-
視野の広さで秀でる俺のような草食獣は。
脚の速さや跳躍力といった運動性や角といった、一応武器と呼べるものを各々が持っている。
だがそれも、飽く迄目の前の危機から逃れる為のももでしかない。
そう。
今まさに眼前で繰り広げられている、肉食獣どもの争い。
獲物を引き裂く爪をチラつかせて。
肉だけでなく、骨まで砕ける牙を剥き出して。
膂力だけで、いとも簡単に相手を捻じ伏せられる力。
そいったものを隠そうともしない、肉食獣という獰猛さと奢りなんか。
ガゼルの俺からすれば、虫唾が走る話だ。
でも、どうして。
いつもなら、馬鹿馬鹿しいと吐き捨ててその場を離れていた俺は。
眼前の争い、いや。
戦いとでも、言えばいいのか?
食うか食われるか。
その怖さは幼少の頃から感じて、逃げることをいつもしてきた。
なのにどうして俺は、これまで直感してきた恐れを。
感じずに、いるのか?逃げようともしない、のか?
まさか、こいつらの勝手な戦いの行く末を……見届けようとしているのか、俺は?
馬鹿げてる、こんなこと。
「でもさ」
左目からの流れる血を、舌先で舐めながら。
ホッキョクオオカミの口元は、しっかり笑いの弧を描いていた。
「楽しいかな?愉快かな、こんなことして?それとも、昨日の授業後の会議。そこでクラスの出し物が決まらなかったことへの腹いせとでも言いたいのか?反論したアラスカンマラミュート君や、意見すら出さなかった僕やガゼル君たちへの」
再三敵意を向けられているのに。その気になれば戦おうとする意志を、どこまでも見せつけようとしない、このホッキョクオオカミは。
「肉食獣、それも力では上位に位置する君たちにとって。自分の意志を示さないクラスメイトへの、唯の不満解消や当てつけだった。違うかい?」
俺には、こいつの考えが全く読み取れない。
殴られそうになった俺と、肉食獣四匹の間に入り込んだかと思えば。
こいつがしたことは、直接的な攻撃を仕掛けることもなく、飛びかかってきた相手をいなすだけだ。
何をしたいのか、どんな考えを基準にこうどうしているのか。
まさか、思うこと全てを気取られないようとでもしているのか、こいつは。
どこまでも道化を演じるようなことをしてまで、本音というものに仮面を被続けるのか。
ホッキョクオオカミ、お前は。
この学園に来るまでに。
何があったって、言うんだ?
待て。
俺は今、何を思った?
「あぁ、それと。勝手で悪いけど、ガゼル君が絡まれ始めている辺りから、スマホで録音させて貰っているよ。念の為の保証としてね。僕を一方的に悪者にして貰うのは構わない。でもそれだけで今朝の騒動が終わるようなことがあるのはどうかと思うんだよ。実際、左目をやられた訳だし、ね」
……このっ。
俺が色々と考えようとしている矢先に、このバカオオカミは!
どうしてそんなことをわざわざ言って、自分を追い込むようなことをする!?
なんで、だよ。どうしてだよ。
鉤爪を光らせながら、制止されたことで感情の行き場を失い「クソがっ!」と吠えるピューマ。
そして、本当なら自ら手を下したい本能と、そうしたことで起こる後々のことが考えられるこそ。
握り締めた拳に爪が食い込んでいるのであろう、トラの手からは自らの血が滴っていた。
静寂。
靴音と共に、顎の強さ故に噛み締められた牙を軋ませながら。
一歩前に出たピューマだけでなく、握り込んだ反対の腕を広げて周りを制止し続けるトラを避けて。
再び、ホッキョクオオカミに近寄ったのは。
「そこまで言うなら、良いよ。肉食獣なのに、影に隠れるように生きてる君みたいな奴が。前から大嫌いだった」
そいつは、先程ホッキョクオオカミの左目を掠めた豪腕を持ち、肉食獣の中でも大型種に分類され。
単純的な身体の強さや腕力といった、戦闘に使う能力はトラやライオンのような戦闘特化型の肉食獣には劣りながらも。
研ぎ澄まされた牙と、250キロを軽く超える顎の力。
噛み付けば最後、相手を食い千切り絶命させることなど容易い能力を持った、ハイイロオオカミだった。
「聞けば聞くほど、君の声は。僕の中に流れる、オオカミの血が、同じオオカミの名を持つ君が、益々受け付けなくなってきたよ」
「ふぅん。だから、何だって言うんだ、ハイイロオオカミ君?僕の目を裂いておきながら、言えるセリフとは思えないな。僕は受け付けて貰わなくて、一向に構わないつもりだけど?」
左目付近から血を滴らせながらも、姿勢を低くしたままのホッキョクオオカミと。
ガゼルの俺の顔を片手で覆い隠せる大きさを誇り、その気になれば握り潰せる程の巨大な手を握り込むハイイロオオカミは。
「その言葉が全てを表しているんだよ、ホッキョクオオカミ君。いつもしらばっくれる振りをして、逃げてばかりで」
互いを睨み合っていながら。
「君の臆病な生き方が。ホッキョクオオカミという君の存在時代が、許せない」
攻撃する隙を。オオカミという種族同士、最大の武器である顎を。噛み付く瞬間を狙っているかもようにさえ見えた。
いや、少し待て。
ハイイロオオカミは兎も角としても。
今まで険悪な雰囲気になる中でも、いつの間にか姿を消して。
何かしろの決定ごとが成される時に限って、影に紛れるかのよういなくなっていた。
クラスの中で、「肝心な時に。いつもいなくなる卑怯者」と侮蔑されることも少なくない、ホッキョクオオカミが。
鼻で笑いながら。
「そう。面白そうなことを言うかと思ったら、やっぱり君も「あいつらと」同じことを言うんだね」
こんな時に限って、どうして。
眉間だけでなく。
肉食獣が怒りを覚え、闘争本能に刈られた証拠と言われる。鼻面にさえシワを寄せて。
「所詮君も同じか。残念を通り越して、反吐が出る」
放つ言葉とはまた別の、唸り声を上げている。
純白な毛並みに覆われた、オオカミであるお前が。
「来いよ、ハイイロオオカミ君。殺りたいんだろう?なら、殺ってみせろ」
「ふざけるなっ、オオカミ風情がっ!」
……クソ!!
何が、種族や個性を問わないだ。肉食と草食、種族間の争いだけじゃない。
俺のような、草食獣でも。
血筋や純血を重視する、くだらない世間では続いてるのに。
肉食獣に肩入れなんてしてこなかったのに、俺の感情が止まらないっ。
何なんだよ、このホッキョクオオカミは……!
「そう、その態度。舐め腐っているようで、いつも一人達観しているようなその言葉が、目が、オオカミの僕は気に入らないんだよ」
「大それたことを言うな、ハイイロオオカミ君。一匹の顔に傷を付けながら、それでも僕をオオカミという括りにしようとするつもりなのか?唯のエゴだ、そんなもの」
「いいや、違うよホッキョクオオカミ君。確かに君は、肉食獣の中では中型に近いかもしれない。でもオオカミの名を継いでいるのなら!」
ホッキョクオオカミの口調が、何かおかしくなり始めたことを切っ掛けに。
流血が止まらない左目を押さえながら、ホッキョクオオカミが素早く身を引いた。
「エゴ塗れの言葉に、説得力も何もないと思うのは、僕だけか?」
間髪入れず正拳や蹴りを繰り出すハイイロオオカミに対し、突き入れられる拳や蹴りをいなし、攻めに転じる意志を貫くホッキョクオオカミ。
これが、肉食獣同士の戦いなのか。
草食獣の俺が、半ば見入っていた、その瞬間だった。
「だったら威嚇するような汚いことしないで、その顎で噛み付いてみたらどうだい?こうやってさっ!!」
繰り出された拳を掌底で払った、ホッキョクオオカミの右腕に。
勝ちを確信したハイイロオオカミが、同じオオカミ族としては一回り細い、純白の右腕に。
牙を突き入れ、噛み砕こうと唸る声を更に強くした。
噛みつかれたホッキョクオオカミの白い毛並みが。飛び散り、溢れ出る自らの血によって、赤く、どす黒く染まっていく。
その痛みなのか、はたまた別の思いからなのか。
ホッキョクオオカミが、盛大に舌打ちする。
飛び散った血が教室の床を。噛まれたホッキョクオオカミを。
噛み付いたハイイロオオカミの顔を、紅く染めていく。
「左目だけじゃなく、今度は右腕か。やっぱり、力では敵わいない、な」
言葉さえ発せない程、同族でありながら敵に食らいついて。
感情任せに噛み砕くことに執着してしまったであろう、ハイイロオオカミは貪るように牙を、ホッキョクオオカミの肉や骨み突き立てることに明け暮れていた。
その痛みに。苦悶に歯を食いしばながらも、ホッキョクオオカミは振り解こうと足掻ていた。
しかし、思いはどうであっても。
喩え同じ種族と見做されたところで、実際の能力や頭脳の差を、認められる例は無いに等しい。
目の前の、ホッキョクオオカミとハイイロオオカミもそうだ。
同じ種族と「社会的に」認められながらも。
実際は個人的な思いや考え方の相違から始まって。最後は自分の血筋を言い訳にして、物別れに終わることがほとんどだ。
俺も、その一匹だ。
ガゼルという種族として生まれながら。
同じガゼルという種族にも拘らず、トムソンガゼルという血を継いだ俺を。
トムソンガゼルが、ガゼルの血統として存在してはならない。
そうやって、血筋ばかりに拘った祖父母に、無かったことにされて。
詰まらないものに感化かれるように、特に親父とは。
喧嘩別れする様にいて、唯一味方してくれた母の薦めを受けて。
種族を問わないこの学園に、俺はすすがる思いを隠しながら入学した。
種族なんていう、下らないものに縛られてなるものか。
その思い刈られるように、俺は同級生を。
クラスメイトなど、無視するようにして、勉学に励むことを頼りに生きてきた。
なのに……!
「でもな」
過去のシガラミに、再び囚われかけた俺に。
まるで、問いかけるかのように。
「力だけが能なのかよ、クソがっ」
それまで大して気にすることもなかった、腕を噛まれたホッキョクオオカミの声が。
地獄に堕ちたかの思える程の、汚らしくも怖ささえ感じさせる低い声が。口元だけが歪んだ笑みの弧を描きながら。
ホッキョクオオカミが見せることのなかった思いの全てが、全て乗せられているかのように聞こえたのは。
俺だけ、なのだろうか。