【人生・イジメ・トラウマ】自己紹介その2 ~白兎~
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12月も半月経ち、2019年が過ぎ去るのも間近となって参りました。月日の流れとは、本当に早いとつくづく思うばかりです。
こんばんは、白兎です。皆様、如何お過ごしでしょうか。
今回は相棒に出会うまで私自身についてお話しさせていただければと思います。
前回の記事はこちらから。
幼少期
前回も簡単にお話しさせていただきましたが、私はクルマというものに全く興味がありませんでした。
そもそも、私は自分が興味を持ったもの以外のことに関心が持てないという少し変わった性格(性質?)を幼少期より持っていました。
周りの友達が楽しそうな声、笑い声が聞こえてくるような遊び。自分が面白そうだとか、楽しそうと思わなければ近づかない。自分が好きなことをして遊ぶ。
誘われても夢中になっていれば断り、そうでなければ渋々付いていく。
そんな子供だったと記憶しています。ある意味、自分勝手で我儘だったな、と今でも思っています。
もう一つ。
小さい頃から、生きることや自分という存在ってなんだろう。
死ぬことって、どういうことなんだろう
そんなことを、時間がある度に……特に寝付く直前に、よく考えていました。
答えのない問いを、理由もなく、ひたすら考えていた覚えがあります。
その為、という訳ではありませんが、特別仲のいい友達というものは作りませんでした。
否、あの頃の私は作れなかった、と言った方が良いのかもしれません。
小学校に通い始めても、特段変わらない時間を過ごしていました。
ちょうどポケモンが流行り始めた頃、周りは外で遊んでいる中、私は家に帰ればポケモンにどっぷり浸かっていたり。
カードゲームが周りで熱くなってきた時には、逆に私は全く興味を抱かず、当時では難解だったゲームに没頭したり。
こうして思い出してみると、結構周囲とのズレを感じ始めていたのかもしれません。
とは言いつつ、周りとの関係はそれ程悪かった訳ではありませんでした。可もなく不可もなく、あまり近づきすぎない関係を保つ。そんな感じでした。
一方で、困っていそうな人を放っておけない、いわゆるお節介癖を持ち始めたのもこのころだったと思います。
中学校に上がり、私はこれまで通りの生き方を貫いていました。
部活に没頭しながら、帰ったらゲーム。周りがカラオケやゲームセンターの楽しさを覚えて行き始めても、私は相も変わらず、友達と違う方へ進んでいました。
言うほど充実していたとは言い難いかもしれませんが、とりあえず、普通の中学生だったと思っています。
あの時が訪れるまでは。
地獄へ向かうエスカレーター
それは、中学二年生の夏。
それから卒業するまでの二年近く、私はイジメに遭うことになりました。
このことは、別の記事で詳細を書ければと思っています。
その後は高校、専門学校と進学していきましたが、イジメの経験から人間不信になり、人生に対し斜に構えるような態度を取るようになりました。
信用しても、いつか裏切られる。裏切られる位なら、独りでいた方が良い。
独りの方が心地良いし、周りとつるむなんて時間の無駄。
とにかくひねくれていた、という思い出しかありません。
そんな、お世辞にも人間関係というものを良好に作れてこないまま、社会人となりました。
入社した所が、先輩社員との年齢差が30近くあるやや特殊な会社だった為、あれこれ聞かれることはなく、相槌と愛想笑いで誤魔化すことができたのは、私にとって幸いでした。
そして、心の病に
ところが、首都圏へ転勤になったのを境に、忙しさと人間関係と職場環境が災いし。
私は、「気分障害」。分類的には「うつ病」を患いました。
休日でも寝床から起き上がることさえ辛く、碌な食べ物も口にできず、精神的にキツかった、とある日。
曇り空から、見え始めた光
同僚から、クルマについて話を聞くことがありました。
私の地元はクルマがないと生活すること自体困難な田舎ではありましたが、まだその時は、クルマは「単なる移動手段」としか考えておらず、どノーマルの軽自動車を所有していました。
最初こそ興味は持てずにいましたが、喫煙所から見える道路を走るクルマに、同僚が「あのクルマ、名前わかる?」とか「エンジンの構造ってこんなのがあるんだよ」と、これまで気にも止めなかったことを教えてくれ、私も次第に関心を持つようになり始めました。
それが契機だったのか。
ちょうど、母親のクルマを廃車することになり、どうするか相談を持ちかけられていました。
その時、私はこう返しました。
私が乗っている軽自動車を譲渡するから、新しいクルマを買う、と。
そして、いざクルマ選びを始めた時。碌な情報源もない私が、何故か唯一記憶に残っていた、一つのクルマのCMが思い浮かびました。
『MAZDA New アクセラ Zoom-Zoom』
それが、私とクルマとの出会いであり、初めて自分が選んだクルマ。
今の相棒の前車となる、BL型アクセラセダン。ボディーカラーはグラファイトマイカでした(画像はHPより拝借)。
そこから運転する楽しさを、遠くへ出かける喜びを知り、いつのまにか、私は大のクルマ好きになりました。
このクルマは手放してしまいましたが、その次に相棒となったのが、今のLupusです。
私自身については然程書けませんでしたが、それらについても、今後少しずつ書いていければと思っています。
今回はここまでとしたいと思います。
御閲覧、ありがとうございました。それでは、また次回まで。