【車・趣味】馴染みとなった、伊豆へ・終章 ~明日へ進む糧にして~
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今週も何とか、週末を迎えることができました。暑さと湿気ですっかり死にかけです。
巷では様々なニュースが飛び交って、見方によってはお祭り騒ぎのような状態になっていますね。新型コロナが目に見えて感染していることと、国の舵取りたる長の進退について。
世論に興味や関心をあまり持たない私ではありますが、ある意味一大事とも言える出来事であることは認識しているつもりです。特に後者は直接的に己の身に降りかかるような大事ではないにせよ、間接的にはどうしても関心を抱かずにはいられない、大きな話題であるとは私も思います。
ただ、そこに嫌味や皮肉だらけのコメントを垂れ流したり揶揄するようなことをして、投稿した方はそれで満足して終わるのでしょうか。
経緯が経緯だけに言いたいことはわからないこともないですが、匿名という特性を悪用するかのように、単に抱えている鬱憤や激情を吐き出したいだけなのでは?と思ってならない、【やさぐれ紳士】白兎です。
責任の伴う役職には、つくづく就きたいと思わなくなりました。いつまでも平社員でいたい気持ちで満たされました。
皆さん、こんばんは。如何お過ごしでしょうか。
先日は調子の悪さを理由に、荒んだ内容の投稿をいたしました。
個人的な嫌悪や私という個人への辟易した思いばかりを、感情のまま殴り書くように綴りました。しかしながら、そのような記事でもお読み下さった方、スターを付けて下さった方、ブックマークして下さった方。
これまでなら、お目汚し失礼いたしましたと謝罪を述べるところではございます。ですが今回は寧ろ、感謝の気持ちに溢れると共に。
数は多くないとしても、見てくれる人がいること。改めて、溜め込んでばかりでずっと独りと思い続けてきた -または演じ続けてきた- 私には、何か救われるような、そんな思いを抱いております。
もう一度、ここで御礼申し上げさせてください。
本当に、ありがとうございます。
もっと申し上げたいことが沢山ありますが、あまり引っ張るのもお見苦しいかと思いますので、本編に入って参ります。
伊豆旅行の最終日。カメラも破損し禄に写真も撮れずながらも、7月の終わりを飾るに相応しい輝かしい時間ばかりであったこと。
その帰路に着く合間、寂しさや虚脱感に支配され、明日以降の仕事を思い出して虚しさばかりに染まっていく私。
それを払拭すべく、ノリの良い曲と共に車を走らせる喜びと楽しさを噛みしめるように錯綜する感情を上書きしながら。
帰宅しても尚、明日への、これからの糧となりバネとなり進んでいける原動力を再び得られたことを、綴って参ります。
心の中はまた考え事だらけでも、車内で熱唱して寂しさを誤魔化す
愛車の中、一人車を実家に向けて走らせていきます。ナビの粋な計らい(?)で、来た道とは違うルートを案内されながら走る道も、かつて一度は通った道でした。
伊豆を訪れる季節はこれまでバラバラだった為、それまでの道程の光景とはまた違う景色が、私を待っていました。
朝露に濡れ、吹く風に揺れながら鮮やかに輝く森林の緑。煌びやかな派手さはなくても、自然が育んだ飾らない美しさと瑞々しさ。エアコンを切って窓を開けた時に聞こえてくる穏やかさと、時折吹き抜ける荒々しさを感じさせる、風切り音。
サングラス越しでも眩しく思える、雲の間から姿を現し照らす太陽の輝き。
自然が齎す感覚を肌に感じ、心地よさを心の半分で感じながら。
もう半分は、既に考えの嵐に晒されていました。
コロナ禍の元、県外に出てきて本当に良かったのか。明日の仕事のこと。少し長めの休みを取った合間に溜まった仕事関係のメール、どれくらいあるだろう。
そして、何よりも。
この旅が終われば、またいつもの日常に戻ること。その時の気持ちの落差に、今回も耐えられるのだろうか。
ハンドルを握る私の内側は、意味がありそうで無意味な思いに支配されていました。
これまでも規模の大小拘らず、車を通じたオフ会に何度も参加してきた私ではありますが、それが終わる度にいつも陥っては落胆し、回顧に耽ってきました。
楽しかった時間と、現実に引き戻される無力感。所謂オフ会ロスというもので、私はいつも虚無感と虚脱感に引き込まれてばかりいました。
今回も、その例外とはなりませんでした。
時間を忘れて、我を忘れるようにして楽しんだ伊豆の旅。
いつも周りの目ばかりを気にして、自分の気持ちにさえ素直になれない私にはあまりに尊くて、貴重さと大切さを感じる一方で。自我を喪失し暴走しかねない、諸刃の剣のような一瞬一瞬。
息抜きというには、私にとっては危うさすら感じることもある、愛車との旅。溢れ出して止まらなくなりそうになる感情。激しく揺れ動くそれが、時には邪魔とも、鬱陶しいとまで思うこともあります。
自分以外のものから齎される刺激が感情を刺激して、私でもその制御ができなくなることばかり。これまで抑え込んできた喜びや楽しさといった陽の気持ちが、止めどもなく溢れて堰を切ったようになりそうになる。
全て己の内から生まれてくるものなのに、毎度直面しては息苦しさのような、胸が詰まりそうになるような思いに刈られてしまう私は。
一体いつになれば、純粋にこの感情を受け入れられるのか。楽しむことを、喜ぶことを、素直に感じられるのか。
小さい頃のように、何の後ろめたさもなく、我を忘れてはしゃぐことができる日が来るのか。それとも、これまでのように抑圧に抑圧を重ねて出来上がった、感情を抑えた「紳士」という名の詰まらない肩書きのまま生きる他ないのだろうか。
ちょうどその時、通り雨の雫が降ってきました。通り雨と言うにはあまりにも弱く、まるで視界を遮るような霧雨のような、弱い雨でした。
静かな雨に打たれながら、私と愛車は帰路をひたすら進んでいました。
唯。
煮え切らないような、不完全燃焼を起こしたかのような思いだけは、どこか燻っているという感覚だけは払拭できずにいました。
-またしょうもないことでヘコタレてるのかよ、バカやろうが-
……だって、この旅が終わったら、また元通りなんだよ?寂しいよ、そんなの……
私は、真逆とも言える自分の中の二つの思いを抱え、まるで対話するようになっていました。
それでも、愛車は帰り道をひた走りしていきます。
楽しさの後に訪れる寂しさ。それを、明日への糧に、バネにして
途中で二回ほど休憩を挟みながら、無事自宅へと帰宅した私は複雑な思いで一杯でした。
交通安全運動期間中だったこともあり、一般道では取り締まりを目的に佇む警官を。高速道路では事故直後なのか、処理に追われる現場とスピード違反をしたと思われる車が覆面に止められている光景を、それぞれ見て参りました。
明日は我が身、といつもなら気を引き締める所ですが。今回は、少し違いました。
無事に帰って来られたことだけでも、喜ばなければいけないと思うのに。
車を止めて、いつものようにハンドルを軽くポンポンと叩いて愛車を労いながら、私は暫く車から降りることができませんでした。
今回の旅も、楽しかったな。トラブルは随所であったけれど、次の旅も楽しみたいな。
そうやって思えれば、どれだけ良いことと思ったことか。
-終わったな、ほら、さっさと休んで明日に備えろよ-
……終わっちゃった。この時間が、いつまでも続けば良いのに……
旅が終わってしまったという現実。矛盾する思考。面白みもない日常に戻らなければいけないという、無慈悲な事実。
寂しさと虚しさ。無気力さと虚脱感が、運転席に座ったままの私を支配していました。
ハンドルに残る、伊豆の暑さを持ってきたかのような温もり。いつまでも離したくない。このまま、『楽しい思い出』にだけ、ずっと浸っていたい。
未来もない現実なんて、私にはいらない。
でも、そんな甘ったれた思いが許されることなどありません。
渋々運転席から降り、荷物を降ろして家へと入った私は、思い切り溜め息を吐き捨てました。
息を吸って、まっすぐ現実の家の様子を見渡します。数十年暮らしているその様は変わらないようで、すっかり変わっていました。
玄関の段差も、今の襖も、階段も。新築当時は、全てが大きく見えていたのが。
こんなに、小さかったっけ。
そうか、これが現実なんだ。止まっていたくても、時は進み続けている。
今こうして旅を終えたことも、過去の出来事になって、いつの日か思い出して懐かしむような時が来る。
止まっていては、ダメなんだ。
そして、すぐに明日の仕事に向かう準備を軽く済ませ、自室で横になり、目を閉じます。
今は、とりあえず休もう。
そう思いながら、私はいつの間にか意識を手放していたのでした。
人間は、心の拠り所のようなものがないと、生きていくのは難しいのかもしれません。
どんな小さなことでも、些細なことでも。他人から見ればどうでもいいように見えるようなことでも。
現実に期待を持てない私は、寧ろ現実というものは害悪の塊と言っても過言ではないような気がしています。
誰も望んでいないのに、勝手に気を遣って。気に留めないようなことにさえ違和感を覚えて、その度に感情を揺さぶられて。頭の中は、常に思考とも呼べないヘドロのようなものが揺れ動いている。
目を背きたいと思ったことは、数え切れない程あります。
それでも、生きていかなければならない。母はよく寿命こそ運命だと言いますが、その瞬間が訪れるまでは勝手に死ぬことも許されない。
ならば。
たった2泊3日という短い旅立った今回のことも、しっかり脳裏に刻んで。
希望のない明日への、小さな糧となるように。明日へと歩いて行ける、バネとなるように。
旅の終わりを失望や無力さで終わらせるのではなく、思い出がまた一つ増えたと、弱い自分を鼓舞するにはあまりに小さなことであったとしても。
今の私には、これが生きる気力となり、活力となっていると信じて。
伊豆の旅を、終えることを自分に言い聞かせるのでした。
長くなりました、伊豆旅行記も、ひとまず今回で終了となります。
ご閲覧くださり、ありがとうございました。
それでは、また次回まで。