白兎と灰色狼の、果てなき旅路

ドライブやドライブや写真撮影を趣味とし、その他、HSPやAセクシャル、イジメ。精神的・心理的なことについて綴っていきます。

【車・趣味】四年の合間に、遠くへ来ていた・後編 〜成長は、留まることを知らない~

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 7月の終わりも、雨で終えることになりそうですね。

 観測史上、最も梅雨が長かったのが1998年の 約二ヶ月というものが最長と言われています。

 今年もそれに近い梅雨の長さと、湿気に弱く早くも熱ダレ気味な【やさぐれ紳士】白兎です。

 

 

 皆さん、こんばんは。如何お過ごしでしょうか。

 

 

 ここ一ヶ月程、仕事とプライベートが立て込んでっブログの更新が遅延気味ではありますが、早速前回の続きを綴って参りたいと思います。

 

 四年の月日で、籠りがちで人間不信を引き摺っていた私が、外の世界へと飛び出したいと思えたこと。

 今この瞬間にも、どこか知らない場所へ。馴染みとなっている場所へと帰る思いを抱えるまでになった、好奇心と回顧心。

 人から見たら大したことではないのかもしれない。

 でも私にとって、掛け替えのない大切な時間。

 思い出話と回顧録という自分語りになってしまいますが、お付き合いくだされば幸いです。

 

 

 

 

 行く先、愛車と共に止まることを知らず突き進んで

 

 

 以来、自発的であったり誘われたりと形は違えど。

 仕事の都合に合わせられるものは、本能が望むままに愛車とカメラを持ち出して出掛けていくこととなりました。

 

 私の行ったことのある最西では、三重県四日市市。暑さとムシムシとした陽気ですっかりグロッキーになりましたが、今まで見たことのない風景を撮影することができました。

 

四日市市の石油コンビナート。別名現実世界の「魔晄炉」

 

 

 

 北端ではスポーツランドSUGOで、サーキットを愛車と共に駆け抜けました。F1も走るサーキット場を、愛車で走ることなど夢にも思いませんでした。

 愛車のハンドル、アクセル、ブレーキ。腰を据えるシートもいつも通りなのに、サーキットラン(サーキットを実際に走る時間)が始まる前から手汗をかき、静かに興奮していたことも、今でも忘れずにいます。

 周回終了時はレースさながらにスタッフの方がゴールフラッグを振ってくれたことを契機とし、気分は最高潮を振り切っていました。

 

 

 味わったことのない高揚感と緊張、好奇心が満たされた時の鼓動の高鳴り。

 一度にみならず、何度も諦めと挫折を経て、すっかり惰性と妥協に慣れていた私でしたが。

 それでも燻るように残っていた望みや希望が叶った瞬間、そんな思いの全てを忘れ去っていました。

 そこにいるだけで、いつも無意味に動き続け考え続ける脳が停止して。

 場の雰囲気に飲まれるように、考えや思いを通すことなく現実を味わえる時間。

 

 もしかしたら、私にとっての幸せというものは。

 単純で夢も何もないけれど、こういったものなのかもしれません。

 

 

サーキットの愛車が並ぶ日など、予想できるだろうか。

 

 この直前、同サーキットで今でも伝説として継がれる名車が駆け抜けました。

 1991年。ル・マン24時間耐久レースにおいて、史上初となる日本メーカーが送り出したレーシングカーが優勝しました。

 それが、MAZDA 787Bです。

 

 

  それまではレースゲームでの疑似音や動画での間接的な形でしか聞くことができなかった、吼え猛るエンジン音。人によっては天使の絶叫と称する、甲高くサーキットに響き渡る快音。

 心が、震えました。それ位高揚し、恍惚ささえ覚えさせ、魅了するものでした。

 

 南端は伊豆半島、今ではすっかり行きつけの場所となっていますが、海と山に囲まれた自然豊かなそこは、愛車も映える絶景の数々が待っていました。

 

雲隠れすることの多い富士山と愛車を撮影できた、今尚思い出深い一枚。

 

 富士山を背景にし。

 

桜と愛車。明暗の対比。

 

 河津桜を背景に。

 

愛車に映り込む桜も、また一興。

 

 相棒にも桜の花を咲かせることができました。

 

 

 別の機会では。

 

 

夕日を受ける愛車。雨の予報にも負けなかった勇姿。

 

 強風により潮を被りながらも、夕日を背にする相棒を収める機会にも恵まれました。この日は雨の予報が出ておりましたが、何とか曇り空……を通り越して清々しいまでの晴れが私たちを迎えてくれました。

 

 

 しかし。

 世の中に流布し、蔓延する新型コロナウイルスを前に外出することも躊躇わせる時代と成り果てかけています。

 

 重なるように変化し始めた会社の勤め方。よく言えば働き方改革ですが、一度慣習化したものを変えていくことは、容易なことではありませんでした。

 体力だけでなく、精神的な余裕は益々削られていった私は。

 愛車と共にする時間は減るばかりとなり、気持ちもすっかり車から離れていきました。

 

 

 時には止まることもあった。それでも、愛車と突き進みたい思いだけは留まらない

 

 

 

 自粛に自粛を重ねた結果、愛車の走行距離は途端に短くなっていきました。ハンドルを握る機会まで減り、車のオーナーとしてはあるまじきメンテンナンスまで億劫さを覚える程でした。

 ディーゼルエンジン特有の劣化具合も相俟って、一時は愛車を手放すことも本気で考える程でした。

 

 今思えば。

 お金や手間といった損得勘定以上に思いを叩き込むように付き合ってきた相棒を、一時の感情で売り払い、新しいクルマ生活を始めることで。追い込まれた精神を回復できるのではないかと、本気で考えていたのだと思います。

 

 

 そんな折りでした。 

 

 友の誘いを受け、再び伊豆の地を訪れることとなりました。

 自粛や感染への過剰な恐怖心から自然に溜まっていた鬱憤と行き場のない気持ち。

 それを払拭する機会に出会いに恵まれ、数カ月ぶりに愛車を全力で運転したい思いに刈られ、思い出の地である伊豆を訪れました。

 

 

 詳細は別記事で上げようと思いますので、ここでは詳細を省略いたします。

 

 しかしながら向かう道中で、出会って四年を目前にして50,000キロを達成いたしました。

 

一年毎の換算で、12,000キロを記録。


 燃費は4年間通しで20.1でしたが、今回でまさかの平均燃費まで上がりました。

 

カタログ値21.6km/l。それを加味しても十分過ぎる燃費の良さ。

 

 

 

 また維持に徹する傍ら、原点回帰とも呼べるパーツの導入を行いました。

 切っ掛けとなったのは、約半年離れていた車のSNS。久方振りにログインした際に、知り合いの皆さんは私を温かく迎えてくださいました。


 そこでは、過去私が装着していたパーツについて言及されていました。
 それは私の運転ミスから破損させてしまったエアロでした。

 補修も考えましたが予算のこともあり泣く泣く廃棄し、私はメーカーの純正品に換装させてから一年と少しが経とうとしていました。

 

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 上の写真の、ボディ下のメッキ調のフロントエアロがそれに当たります。

 これはこれで、アクセラという車を引き締めるだけでなく、メーカーが提供する一品だけあり一体感を齎してくれるパーツです。

 

 然れど。

 多くのオフ会やプチオフで沢山の出会いと初めて訪れる場所を増やしてくれた、以前装着していたエアロ。

 その思い出と、「人とは違う、自分だけのアクセラ」を目指して取り付けたそれを、もう一度導入したいという衝動が再燃し。

 

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 初めて取り付けた時以上の予算を投じながらも、再び装着するに至ることができました。

 

 

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 写真では見え辛くなっていますが、純正のものよりもエラを張るようなデザインが特徴的です。それでいて車本来が持つ美しさやデザインを崩さずに、さり気なく飾ってくれたこのパーツを、忘れ去ることが私にはできませんでした。

 

 先程は、コロナ禍で車から離れていっていたと申し上げました。

 でも、それって。

 

 世の中の情勢に自分を当てはめて、言い訳にしていただけだったのかもしれません。

 

 

 本当はもっと、愛車と見知らぬ地へ共に出掛けたい。

 出会ったことのない人々と出会い、交流を深められる人と出会いたい。

 

 この相棒と出会う以前の私では、とても想像できなかった思いが、今の私の中でしっかり根付き、今尚成長を続けています。

 人と出会うこと。見知らぬ場所へ行くこと。自らハンドルを握る車でどこかへ行くこと。

 全て、臆病で人間不信に陥り自分さえも信じられなくなっていた私には出来るはずがない。叶いなどしない。やったところで失敗するだけ。

 だったら、やって後悔する前にやらずに悶々としていた方が、まだマシだ。

 

 それが何時の間にか、私は愛車という名の相棒に感化されるかのように成長してきた気がしてなりません。

 愛車を弄る度に、どうなったか実際に走って試したい。体感したい。

 その延長の、弄る切っ掛けをくれた人たちと出会って、話し、交流を深めたこと。

 

 人間不信と言いながら。私は、多分。自分が傷付くことを一番に怖がる、ただの臆病者です。恐らく、愛車と出会ってから四年経つ今も、それだけは変わらないことだと思っています。

 

 それでも、四年という月日の中で出会った人たちとの思い出。その時々に感じ、浸った気持ちは。

 誇大妄想や大袈裟な表現を使わなくとも、私を大きく変え。外の世界へ飛び出すことへの躊躇いを掻き消すこととなりました。

 

 何故なら。

 誰かに強制された訳ではない。

 全て、私自身が「そうしたい」と願った思いが、行動として現れたに過ぎないのだから。

 

 

 

 今回もご閲覧くださり、ありがとうございました。

 それでは、また次回まで。

 

 

相棒と駆け抜ける瞬間は、誰にも邪魔されない至福の時間。