白兎と雪狼の、果てなき旅路

ドライブやドライブや写真撮影を趣味とし、その他、HSPやAセクシャル、イジメ。精神的・心理的なことについて綴っていきます。

Tails Intersecting -Checkmate-

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※注記※

 本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Material Advantage-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Castling-」「Tails Intersecting -En Passant-」「Tails Intersecting -Check-」の続編となる、短編小説です。

 登場人物は私の趣向により、ケモノです。

 この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。

 ※注記終了※

 

 

 

 

 

 Tails Intersecting -Checkmate-

 

 

 

 

 仁王立ちしながら、グリズリーは二匹のオオカミへ鋭く視線を配っていた。

 噛まれた両腕からは、茶褐色の毛に混ざるかのようにしながら、僅かに流血していた。草食獣の俺では、辛うじてそれが見える位だ。

 オオカミに噛まれて軽傷なのは、グリズリーの剛毛と豪腕だけが理由ではないはずだ。恐らく噛み付かれた瞬間に両腕を握り締めて筋肉を収縮させ、牙の侵入を防いで重傷を回避。同時に収縮した筋肉が牙を抜けなくさせ、二匹のオオカミを一瞬無力化、戸惑わせたのだろう。

 確かこいつは、柔道部に所属していたはずだ。俊敏なオオカミの動きを追えるだけの動体視力と瞬発力、鋭い反応がなければ肉食獣をいなすことなどできなかったはずだ。

 

 呆気に取られながらも分析だけは勝手にしてしまうのは、俺の悪い癖らしい。

 

 グリズリーを挟んで、正反対の咆哮に投げ飛ばされたホッキョクオオカミとハイイロオオカミは、見据える様も逆であるかのようだった。 

「グリズリー君っ。ごめん、君にこんなことをするつもりは」

「邪魔しないでくれるかいグリズリー君。僕の標的は、そこのオオカミなんだよ」

 唐突の乱入者に、声色も目付きもいつも通りになったホッキョクオオカミは、動揺するかのように瞳を震わせている。

 一方のハイイロオオカミは鼻づらにシワを寄せたまま、剥き出す牙の隙間から血が滴り落ちていた。

 ワイシャツの襟元を正しながら、グリズリーは一息吐いた。

「二匹とも、頭を冷やせ。ホッキョクオオカミ、お前は僕でなければ傷つけても構わないと言っているようなものだ」

「それは」

「随分と勝手な言い草だねグリズリー君」

 ドスの利いた声に、答えを探そうと視線を外したホッキョクオオカミの言葉を遮るかのように。

「こんな時に説教して丸く収めようって言うのか。ここまで黙っておきながら、卑怯ってものがあるよ」

 闘争本能の塊と化したハイイロオオカミが、もう一度噛みかかろうと身を低くしていた。

「ハイイロオオカミ、お前の言うオオカミとは、そんな野蛮な生き物なのか?」

「何?」

 ホッキョクオオカミに背を向けながら、グリズリーがハイイロオオカミの低くなった背中に言葉を吐き捨てる。

「その言葉、そっくり返させて貰う。幾ら憎いと思った所で、ホッキョクオオカミは手負いだ。弱った相手でも勝てれば良いとするなら、それこそ卑怯と言うものだろう。お前が熱く語ったオオカミの血とやらとは、誇りもないのか」

「このっ、言わせておけば!なら何で、今まで何をしていた!知っているよ、僕たちがトムソンガゼル君に絡んだ時から、君がずっとこっちを見ていたことを。黙っていれば、何でもことが済むと本気で思っているのか!?」

「そのことは、素直に謝らせてくれ」

  声を荒げるハイイロオオカミだったが。

 視線と声色を一層落としたグリズリーの前に、戦闘態勢を解かざるを得なかったようだ。徐に立ち上がったハイイロオオカミと対峙しながら、まるでクラス中に目をやるかのようにしながら、グリズリーは独白めいた言葉を零し始める。

「この騒動、クラスを纏め切れなかった僕にも落ち度がある。昨日の決め事でも、トラたち強調派。それに反対するアラスカンマラミュートだけでなく、何も言わずにいたホッキョクオオカミ、トムソンガゼルのような穏健派」

 拳を握り、二の腕を隆起させるその様は。誰に対するものではない憤りや後悔のようなものを滲み出させていた。

 「肉食獣と草食獣の違いだけでなく、全員が同じ思考や性格を持っている訳ではない。良いか悪いかは、どうでもいいんだよ。問題なのは色々な考えを持つクラスの意見を、どうやって纏めて、方向性を決めるかだ。それができなかったばかりに、こんな争いが朝から起きている。違うか?」

  熱い語りだ、と一瞬思った。今までの俺だったら、そのまま無視して教科書へ意識を落としていたはずだ。

 でも、どうしてだろう。強力な肉食獣に囲まれて、痛めつけられて。

 なのに、同じ肉食獣に守られた。

 俺も、きっと。いや、間違いない。

 「だから何だと言うんだグリズリー。一匹だけ達観したような物言い、気に食わん」

  戦意を失ったハイイロオオカミを退けて、トラが眉間と鼻づらにシワを寄せながら、グリズリーの一歩手前まで迫った。トラも声を荒げることはこれまでもあったが、ここまで怒気に塗れた鬼の形相は見たことがなかった。

 肉食獣であり強調派でもあるトラは、どんな場面でも影響力のある獣だ。それでいて成績も上位に食い込む程の頭脳と理性を持っていたが、自分を抑え込むのも限界のようだ。

「そうか。やはり、僕が間違っていたか」

 どちらかが腕を振れば確実に胴体に直撃する距離でいながら、グリズリーは溜め息混じりに声を落とした。

 

 

 待てよ、グリズリー。

 何が、間違いだった、だ。

 お前は確かに頭も良いから、どれだけ詰られても、理屈と理論だけじゃなく。さっき言った、獣としての倫理観も交えながらここまで皆を引っ張ってきただろ。

 そんなお前まで。何で、戦おうとしているんだよ。

 

 

 次の瞬間、両腕を構えて重心を落とし、やや猫背気味の姿勢を取っていた。

「だが、まだ良い。他の一匹に敵意を向ける位なら、僕に向かって来い」

「何だその余裕は。そこまで傲慢だったか、グリズリー!」

 堪えかねたトラが、風を切る音と共に握り混んだ右腕を繰り出す!

 飛来する小岩のような拳を、グリズリーが半身を翻しながら右手で受け止める。二匹の手から、破裂したかのような鋭く短い音が響く。

「学級委員会でも、どのクラスも同じ悩みを訴えていた。だから僕も、もっとこのクラスが平和で皆が笑って過ごせることを目指してきたつもりだ。でも、結局答えは見つけられなかった。こんな姿を見て軽蔑するか、トラよ」

 

  受け止めたトラの右腕を左手を跳ね上げていなしたグリズリーが、逆の手で襟元を掴もうと手を伸ばす。だがトラの瞬発力と優れた反応力で生まれる超反応の左手が、茶褐色の腕を握り制止させる。

 爪を立てられ握力が掛かるグリズリーの右手首から、骨が軋む音が生々しく聞こえてくる。

 それでも尚、茶褐色の巨体は表情すら歪ませない。

 寧ろ、微かに笑っているかのようにさえ見えた。

「好きで戦闘に特化した身体に生まれたかった訳じゃないが。これ以上争いを続けるつもりなら、僕が相手になる」

 右手を潰そうとすることに躍起になっていたか、グリズリーが繰り出す左の裏拳を顎に直接受けたトラは呻き声を上げ、腕の拘束を解いて半歩下がった。

「その場しのぎというのは好まないが、今の状況を鎮めるには、こうすることも止むを得ない。いや、僕たち肉食獣には、選択肢の一つにもなるだろう」

 

 

 グリズリー、お前まで。さっきの言葉は、どこへ行ったんだよ。

 肉食獣っていうのは、争うことを厭わないのか。

 少し前よりも、話し合いで収まることの方が多くなってきているのは確かだ。だが最後は理性なんて殴り捨てて、全部戦うことで解決しようとする。

 怯え切って泣いてる奴もいるのに。目の前の標的を打ちのめすまで、気にかけようともしないのか。

 

 

 

「野郎っ、舐めるなクマ科の分際で!クラス委員長を勤めるのも、お前にとってアピールに過ぎなかったんだろう、グリズリー!!」

「お前がどう思おうと勝手だが、ネコ科相手に、負ける気はない。穏便に済ませたかったが、それも限界のようだ。諸君、すまないが目を瞑っていてくれ!」

 

 

 クソ、何が種族を問わない学園だ。何が、肉食獣と草食獣の共存だ!

 表面的には協力し合っているように見せかけて、結局この様だ。

 トラたちは加減しながらも、今朝の俺のように標的を選んで手を出すこともこれまで何度もあり、好き勝手し放題だった。

 時にはグリズリーだけでなく、他の肉食獣が止めたり仲介に入ることもあったが、それはそれで怨恨を残すだけで。手を出さないまでも、勝手に互いを罵って。いがみ合って。

 場合によってはハイイロオオカミが熱弁した、血統の誇りとやらを馬鹿にされた時は、それこそ血を流す喧嘩も勝手にしたいた。

 俺は、草食獣として。一族から嫌悪される存在として。

 そんな奴らのことなんて、どうでも良かったんだ。

 

 

「こんな時でも正義の味方気取りか!その鼻、叩き潰しやる!!」

「互いに無事では済まないだろうが、構わん!来い!」

 痺れを切らしたトラが、右の拳を繰り出し。グリズリーも身体を捻りながら、右腕を振りかざしていた。互いに狙うのは、弱点である鼻だ。二匹の視界に、もう他の獣の声も視線も入っていなかった。

 

 

 ……そうか。

 一層のこと、争いついでに殺されても良かったんだ、俺は。

 だから、余計に苛立っているんだ。こうして、か細い腕が震える程、腕に力が入っているのは。

 いつも剽軽な物言いをして。肉食獣の癖に争い事になりそうになると、勝手にすぐ消え失せて。純白な毛を纏いながら、取る身勝手な行動はその白さと逆を行くようにして。

 周りから汚らしい言葉や声を掛けられようとも、柳のように受け流してきたあいつが。

 草食獣である俺が唯一取れる、逃げることを封じられた所にいきなり勝手にやってきて。

 勝手に俺を守って。

 勝手に、豹変したように敵に向かっていって。

 そうだ。どいつもこいつも、勝手な奴らばかりだ。そんな勝手な連中、今まで無視してきたのに。

 俺は、嫌いなんだ。勝手な奴らが。

 そして何よりも……!

 

 

 けたたましい音が、教室中を駆け巡った。

 それはトラとグリズリーの拳がかち合った音ではない。

 当の二匹だけでなく。その争いに汗さえ流して見ていたハイイロオオカミやピューマ、肩を押さえた柴犬。寄り添うようにしていたコヨーテとクロヒョウ。

 草食獣を守ろうとしていたジャイアントパンダとオオワシ。その隙間から顔や目元だけを見せる草食獣たち。

 そして、自らの血で白い毛を染める、ホッキョクオオカミ。

 クラスにいる全ての獣が、机を思い切り叩いて立ち上がった俺へと、視線を向けていた。

「いい加減にしろ、馬鹿野郎どもっ!」

 

 

 そう、俺が今最も嫌いなのは。

 そいつらを前にして、ここまで何も言えずに、弁明するようにして逃げていた。

 この、俺だ。俺自身が、大嫌いだ!

 

 

 自分への怒りと情けなさだけがこみ上げる俺は。

 周りの獣たちの訝しさや憤り、不穏、戸惑い。その全てを受けても、張り上げる声は止められなかった。

「何をやっているんだ、お前たちは!!」

  俺の声だけが、静まり返った教室に木霊する。

 静寂。

 不思議な感覚だ。

 不図我に返った俺は、クラス中の視線や雰囲気を一瞬で感じ取った。

 短い尻尾が、立ち上がる。恐怖を感じて今すぐ逃げ出せと警鐘を鳴らす、先祖から伝わる反応だ。

 でも、俺は。

 もう、逃げない。

「言ったはずだよな、グリズリー。言い争うような時でも、強調する奴もいれば。それに反対する奴だっている。それ以外にも、事を穏やかに済ませたい奴も、下手に意見すれば食い殺されるかもしれないと思うばかりに何も言えない奴だっているんだ」

 俺の口は止まらない。

 「肉食獣と草食獣だけでなく、全ての獣が同じ思考や性格を持っているはずがない。それが良いのか悪いのかなんて、誰が決めるって言うんだ。誰が作ったかわからない杓子定規で測ったところで、何になるって言うんだ!」

 息を荒げる俺の全身から、汗が止まらない。当然か、大型肉食獣同士が拳を合わせる目の前に立っているんだ。

 無理もない、と思う俺に、トラとグリズリーがほとんど同時に怒号を飛ばしてきた。

「ふん、勉強だけがお友達だと思っていたが、言うようになったなトムソンガゼル」

「下手なことを言うな。トムソンガゼル、お前が標的にされかねないんだぞ」

  妙に重なり合ったのが、少し面白かったのか。

 呼吸が和らいだのか、俺は鼻で笑っていた。

「何がおかしい、草食獣の代弁でもしているつもりか」

「煩い、黙ってろ。頂点に立ったような気でいるお前たちの物言いを聞くくらいなら」

 それを聞いてか。トラとグリズリーは互いに拳を引き。

 頭二つ分大きな体躯で、まるで見下すようにして俺を黙って見据えた。

 俺も、ここで引く訳にはいかない。

「言いたいことも言えないなら、俺は死んだって構わない。だから最後まで言わせてくれ。その後は好きにすれば良い」

 「ダメだ、ガゼル君。そんなこと、言ったら」

「今はお前の方がダメだ白オオカミ。出血が酷くなるから動くな」

「し、白オオカミって」

 ホッキョクオオカミをこの際無視して、俺は今朝の騒動から。

 いや、生まれてからずっと思っていたことを、呟き始めていた。

「確かに勉学だけに励んで、他のことなんて正直どうでも良いと思っていた。今更謝ったところで許してくれはしないだろうし、俺自身、謝るつもりはない。俺は、俺が正しいと思った生き方をしてきただけだからだ。その俺が、気に入らなかったんだろう、お前らは」

「黙りを決め込んでいた割には、良く喋るなトムソンガゼル。それで、お前はどうしたいんだ」

  退屈でもしたのか、指の関節を鳴らすトラを、腕を掲げたグリズリーが無言のまま止めていた。

 それを見たからか。

 俺の中で、全てがどうでも良くなった気がした。

「グリズリーが言った通り、この騒動の発端は、俺だ。こんな馬鹿馬鹿しい争いも、肉食獣のお前らから逃げ回ってきた俺は、もう沢山だ。俺が消えて、全部収まるのなら……!」

 何を思ったのだろうか。俺はワイシャツの袖ボタンを外し、汗に塗れた腕を差し出していた。

「その牙で、爪で、俺を噛め!俺を引き裂け!殺してみせろ!それでお前らの気が済むならな!!」

 その瞬間だったか。俺に突っかかってきたトラたちだけでなく。

 この教室の肉食獣の憎悪と、草食獣の懸念や嫌悪のようなものが、同時に降り掛かってきたのは。

 そうか。俺は、ここで喰われるんだな、きっと。

「やめろっ!!」

 誰が言ったかは、わからない。

 だが、言いたいことは言った。悔いはない。

 

 でも。

 ごめん、母さん。