Tails Intersecting -Sacrifice-
スポンサーリンク
※注記※
本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Material Advantage-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Castling-」「Tails Intersecting -En Passant-」「Tails Intersecting -Check-」「Tails Intersecting -Checkmate-」「Tails Intersecting -Illegal Move-」Tails Intersecting -Castling-」「Tails Intersecting -An étude-」の続編となる、短編小説です。
登場人物は私の趣向により、ケモノです。
この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
※注記終了※
Tails Intersecting -Sacrifice-
「本気か白オオカミ。あんなに人前に出ることを嫌がっていたお前が」
「言ったでしょ、条件付きだって。それが通らなければ、僕だってそんなことやりたくないよ。唯でさえ、真っ白なオオカミなんて気持ち悪がられるんだから」
休憩時間はおろか、ちょっとした行事に参加することも嫌って、こいつはいつも姿を消していた。口調こそ柔らかいが、締まった顔を崩さずに俺へと向ける空色の目は、あまりにも透き通っていた。
少しでも迷いや恐れがあれば揺れるはずなのに、ホッキョクオオカミの瞳は一切揺らぐことなく、俺を見続けていた。
その瞬間だった。俺は、こいつと本気を目を合わせたのは、これが初めてで。それだけで、理屈だとか考えだとか、そういうものを超えた何かが、俺の中で芽生えた。
血筋の違いで俺が受けてきたものとは別の、追い立てられてきた過去。
同じだとは言えない。でも、似ているところはあるのかもしれない。俺と、このホッキョクオオカミは。
一拍置いて、ホッキョクオオカミが話し始めた。ハイイロオオカミとやり合った時と違う、どこか抜けている普段の口調で。
「まず、台本を作って欲しい。台本作りに協力はするけど、アドリブは苦手だから」
これは願いというよりも、絶対条件とも言えるだろう。
大勢の前で話すこと程、緊張するものはない。授業で指名されただけでも、教科によってはしどろもどろになる獣は多い。現に当てられないように、教師が目配りする中視線をわざと逸しているのは、どの獣も行っていることだ。俺は極力答えるようにしているが、それでもクラス中を前に喋ることは苦手を通り越して、嫌いだ。
俺と同じように、クラスの皆が顔をしかめているのを見る限り、思い当たる節はあるのだろう。
そこに間髪入れずに「それと、もう一つ」と、ホッキョクオオカミは左手の人差し指を立てた。
「僕たち、いやオオカミは遠吠えをする習慣があるんだ。僕は恥ずかしいからあまりやらないけど、満月の夜や月が綺麗な時には遠吠えして、忘れかけている本能を呼び戻すんだよ。それを、映像を流す直前と直後にやりたいんだ。僕がオオカミだからじゃなくて、獣の本性として、みんなに知ってもらいたい。変な効果音を付けるよりも、リアルな形にしたい。だからハイイロオオカミ君やマラミュート君、イヌ科のみんなに手伝ってほしい。僕に合わせて、一緒に遠吠えしてほしい。そうするだけでも、きっとみんな驚いて映像に注目すると思うから」
これは確か、生物の科目で習ったものだ。
獣は種族によって、当然習性は違ってくる。生まれた環境や性格を凌駕して、持ち得た本能が抗えない衝動として表れる。
感情が尻尾に出やすいイヌ化の獣が、顔は冷静でも、気持ちや感情が尻尾の動きとして簡単に出てしまうのが、その良い例だ。
その習性を音響を用いずに、オオカミを始めとするイヌ科のクラスメイトに、生の遠吠えを使おうという種族だからこそ成し得る提案をホッキョクオオカミはしている訳だ。成程、確かに臨場感もあるし迫力も出る。観ているイヌ科の生徒も、釣られて声を張り上げるだろうから、より場の一体感も増すかもしれない。
この白オオカミがそこまで考えているとは、正直驚いた。一部では寡黙野郎と陰口を叩かれているこいつが、こんなにまで主張するのは同じクラスになって初めてだ。
俺が口を半開きにしていたように、教室中の生徒も似たように呆然というよりも、唖然としていた。
「さっきは、その、君を傷付けるようなことになってごめん。償いって訳ではないけど、僕で良ければ喜んで協力させてくれないか、ホッキョクオオカミ君」
沈黙を破ったのは、腹を抑えるハイイロオオカミだった。ホッキョクオオカミに蹴られた痛みと申し訳なさからか、視線は終始俯くように下ばかりを見ていた。
無理もない。どんな理由があったとしても、相手に怪我を負わせることはこの学園では御法度だ。それも自分の武器となる牙や爪を使ったとわかれば、停学処分になることも十分ある。
いや、この場合はまた違うな。
ホッキョクオオカミに対する、純粋な懺悔。ハイイロオオカミから漏れる弱々しげな声と丸まった背中が、それを物語っていた。
「そんな顔しないで、ハイイロオオカミ君。僕の方こそ、挑発して本気で膝蹴りを君に入れちゃったから……。痛み分け、って言い方は何かしっくり来ないかもしれないけれど」
項垂れるハイイロオオカミに、ホッキョクオオカミが静かに左手を差し出した。最初こそ握手を求めるように掌を見せていたが、ハイイロオオカミの反応を見てすぐに、その手を握りしめて拳を作った。
「これで、お相子はダメかな?」
「えっ」という、ハイイロオオカミの短い声が漏れた。その目の前には、ホッキョクオオカミの握った拳が突き出されていた。
一度争った者同士、握手なんてヌルい方法では気が済まない、という思いもあるのだろう。それ以上にホッキョクオオカミが、もっと手短に気持ちを伝えられる手段を考えたのかもしれない。
「……いや、ありがとう」
ハイイロオオカミも同じように握り鼓舞しを作って、互いの拳を突き合わせた。
微笑むホッキョクオオカミと、尻尾を振るハイイロオオカミ。
「おいおい、勝手に仲良しになるなお前らっ」
突き合わされたオオカミ二匹の横から、半ば強引に正拳を入れるのは柴犬。
「ホッキョクオオカミ。お前にやられたことは忘れない。けどお前の意見、乗ってやるよ。俺は、その。中型犬だから、声は高くなっちまうけど、勘弁しろよな」
「オレもやるからな!」
自分の声が恥ずかしいのか、目を細めて視線を横に反らす柴犬の首にコヨーテの腕が勢い良く乗った。
「バッカ!!痛ぇよコヨーテ!加減ってもんを知らないのかバカ野郎!」
「お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかったな柴犬。これに懲りて少しは大人しくしてたらどうだじゃじゃ馬!」
「んだとてめぇ!!」
横入れされたホッキョクオオカミとハイイロオオカミが笑っている。柴犬とコヨーテが睨み合っているかのように見えるが、喧嘩になるようなことはなさそうだ。
こいつら全員、嬉しそうに尻尾を左右に振っている。イヌ科の獣は、本当に素直だ。
「みんな、ありがとう。勿論マラミュート君も……」
「お、おい白オオカミっ!」
声を殺して笑っていたホッキョクオオカミの上半身が、突然机に崩れた。衝撃で飛び散った左目からの血が、机に朱の花弁を創る。
「大丈夫か!?」と寄ってくるクラスメイト。
「ちょっと、血を流しすぎたみたいだ。相変わらず弱いなぁ、僕」
無事な左手を上げて心配を掛けまいとしているが、明らかにその顔は白い毛並みを通しても青ざめていた。
途端に動揺し始める教室。保健室に行ったっきり戻ってこない保健委員のこともあるが、それを待っている余裕はない。
嗅ぎ慣れた、血の匂い。俺が一番大嫌いな臭いだ。
それが、俺を誰よりも早く身体を動かしていた。
「弱いも何もあるか!止血が必要だ、保健室へ行くぞ白オオカミ」
「ガゼル、君?どうして、君が」
「俺がお前と一緒に行くことに、何か不満でもあるか。いいから肩寄越せ」
「そんなに睨まないでよ、それに僕重いし」
重いもクソもあるか。俺は強引にホッキョクオオカミの左腕を掴んで、首に回して立ち上がる。
クソ、やっぱり重い……。
でも。
「草食獣だってな、やる時は、やるんだよ。わかったらさっさと立て、バカオオカミ!」
首に掛かる重さが、俺の脚を震わせる。それでも力を無くしつつあるホッキョクオオカミの右腕脇に俺の腕を入れ、どうにか立たせようと試みる。
「無理はするなトムソンガゼル。お前には無理だ、僕が代わる」
そう叫びつつ真っ先に来たのはグリズリーだった。背後を軽く見ながら、その先のトラに合図を送る。舌打ちしながらトラも寄ってくる。
「草食獣、を、舐めるなって言っただろうっ!!」