白兎と雪狼の、果てなき旅路

ドライブやドライブや写真撮影を趣味とし、その他、HSPやAセクシャル、イジメ。精神的・心理的なことについて綴っていきます。

Tails Intersecting -End Game-

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 ※注記※

 本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Material Advantage-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Castling-」「Tails Intersecting -En Passant-」「Tails Intersecting -Check-」「Tails Intersecting -Checkmate-」「Tails Intersecting -Illegal Move-」Tails Intersecting -Castling-」「Tails Intersecting -An étude-Tails Intersecting -Sacrifice-」の続編となる、短編小説です。

 登場人物は私の趣向により、ケモノです。

 この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。

 ※注記終了※

 

 

 

 

 

 Tails Intersecting -End Game-

 

 

 

 二匹の獣を止めたのは、俺の猛り声だった。トラの上から目線もグリズリーの細まった目も気にする間もなく、俺は続けた。

「そういうのが、肉食獣の奢りなんだよ。お前ら大型は無理でも、草食獣だって、この白オオカミを支える位の脚はあるんだ。何せ、逃げる為に発達した脚は伊達じゃないんだからな」

 言いながらようやくホッキョクオオカミを立ち上がらせることができた。正直この状態で動くのは厳しい。

 それ以上に、こんなことで折れる自分自身の姿を想像することの方が嫌だった。

「強がるなガゼル、ホッキョクオオカミと廊下で共倒れでもしたらどうする気だ」

 手を出そうとして引いたトラの言葉は無粋で温もりのない声色だが、気持ちは伝わるのは確かに感じた。

「強がりでこんなことする程、俺は勇敢なんかじゃないさ」

 ふらつくホッキョクオオカミを何とか支えながら、俺は教室中の獣を見渡した。

 皆が皆違う感情を、それぞれの顔に出している。心配や不安が主だが、中には出しゃばるような俺に対する憤りのような表情も見て取れた。

 だから、俺は一気に考えと思いを同時に並べ始めた。

「そんなことより、頼みがある。この白オオカミを肉食獣の奴が連れて行けば、喧嘩を疑われる。肉食のこいつと草食の俺なら、下手に勘ぐられることはないだろう。寧ろ他校の奴らに狙われた俺を庇ったと思われれば御の字だ。俺たちが保健室へ行っている間に朝礼が始まる、その時にトラとハイイロオオカミが適当にはぐらかせてほしい。そうなると担任が真意を知ろうとしてくるだろうから、グリズリー、フォローをしてくれ。念を押しておくが、アラスカンマラミュート。クラスの出し物の為に動画撮影していましたなんてバカなこと話すんじゃないぞ。それは一段落してから話せばいいことだからな」

 息継ぎせずに喋ったから、俺は思い切り息を吸った。少しずつ肺にに溜まった空気を吐き出しながら、肩のホッキョクオオカミに視線をやった。

 半分潰れた左目で、俺を見ながら。その口元は、緩んでいた。

 皮膚を、肉を抉られて痛いはずなのに。俺たち草食なら死活問題の傷を負っているのに。

 平気だ、と言いたいかのようにホッキョクオオカミは微笑んでいた。

 

 どこが平気なんだ。これが、肉食獣の強さだとでも言いたい、のか。

 いや、違う。

 痛みを我慢しているというよりも、これ位の傷は慣れていると言いたげな、そんな思いを俺は感じた。

 何を考えているか窺わせようとさせない、いつもの曖昧な顔だが。

 今の俺には、こいつの気持ちがわかるような気がした。

 そうだろう、白オオカミ?

 

「もうすぐ保健委員が戻ってくる頃だから、床や机に散った血を協力して拭い去ってくれ。この教室で暴れたことが明るみにならなければ、それで良いんだ」

「思いの外頭が固いんだな、ガゼル?」

 ホッキョクオオカミの思いを無駄にしないように口走った俺の前に。

 見上げる程背丈のあるトラが立っていた。

 

 また、俺に突っかかるつもりなんだろう。こんな状況でもやりたいなら、殺れよ。

 

 歯を食いしばって睨んだ俺を見て、トラは大げさに笑いながら俺の頭に手を乗せてきた。俺の頭など簡単に握り潰せる程に大きな掌。

 何の、つもりだ。そう困惑した俺を尻目に、相変わらずのデカイ声と共に俺の頭をトラの手がポンポンと叩いてきた。

「無駄に気張るなよ、肉食獣肩に担ぎながらよ。お前に言われるまでもないのはわかっている。教師連中をはぐらかすこと位楽なものさ。これまでも、何度もやってきたことだからな。だろう、グリズリー」

 叩かれる度に、衝撃で脳が揺さぶられる。ぶっ、と情けない声が漏れる。

 「その位にしておけ」というグリズリーの声で、トラの手が止まった。肉食獣相手なら軽くのつもりなんだろうが、草食獣の俺にはお前の一手が重すぎるんだよバカ野郎。

「ホッキョクオオカミのことは、お前に任せるぞトムソンガゼル。こちらの方は僕たちに任せてくれ。少しは僕たちを……いや、肉食獣を信用してくれないか、トムソンガゼル」

 やんわりとした表情を浮かべるグリズリー。刺々しいと感じたことはなかったが、口数が少なく無骨だと思っていたこいつが。

 先程まで殴り合っていたトラと一緒に、笑っていた。

 

 こいつも、笑うんだな。

 当たり前か。肉食獣や草食獣、雄雌なんて関係なく。

 俺もこいつらも、同じ獣なんだから。

「そう、だったな。ありがとう、あとは頼む」

 後の言葉が続かないまま、俺はホッキョクオオカミと共に教室を後にする。

 扉を締めるまで、教室から「ガゼルのヤツ、ありがとうだってさ」やら「あいつがあんなこと言うところ、初めて見たよ」なんて声が聞こえてきた。

 捕食から逃げる為の俺の聴力、甘く見過ぎなんだよ。後で言葉責めし尽くしてやるから覚悟しておけ。

 そう思いながら、俺は少し強引に扉を閉めた。

 

 

 血を滴らせる肉食獣。それを支えながら歩く草食獣。逆の立場ならまだしも、保健室へと歩を進める俺たちは端から見ればさぞ異形だろう。

 登校したての獣。部活の朝練を終えた獣。授業前に雑談に耽っていた獣。

 こぞって会話を止め、俺たちへと視線を向けてきている。思わず口を押さえる者や小言を言っている奴もいるが、この際全部無視だ。

「ごめん、ガゼル君」

「一々謝るな白オオカミ。それとも周りが気になって仕方がないか?」

 体重の半分近くを俺に預けるホッキョクオオカミが、俺を気遣ってか弱々しい声を漏らした。だから俺は、わざと嫌味ついでに問いを投げてみた。

「草食獣に肩を預ける肉食獣、周りはおかしく見えるだろうな」

「そんなんじゃないよ」

 ホッキョクオオカミが言いたいことは、俺でもわかっていた。

 こいつが謝ったのは、そんな小さな偏見や常識に対してではない。純粋に、俺に対して迷惑を掛けていることへの贖罪なのだろう。

「なら余計に気にするな。俺も、その。お前に守ってもらったからな。だからこれ位のことで謝ることなんてない。だって、俺もお前みたいに」

 そこまで言いかけて、俺は言葉を潰した。

 俺が受けてきた、家系の事情。それを今、傷付いたこのホッキョクオオカミに話して何になる。

 確かにこいつは、多くの場所で傷付いてきたのだろう。俺が勉強に明け暮れたように、このオオカミは孤独を進んで選ぶことで、自分を保ってきた。

 それを同情やらわかった気持ちになるようなことは、俺自身が許せなかった。

 傷の舐め合いになるようなことで親近感や虚無感は満たされるかもしれない。

 だが、俺が受けてきた迫害とこいつのそれは、決して同じではない。どちらがより酷いだとか、比べることの方が烏滸がましい話だ。

 今俺たちを奇異の目で見ている周りの奴らは、そういった比較できないことを「肉食獣と草食獣」という世界の杓子定規に当てはめて見ているのだろう、と俺は思う。

 常識から外れた行動は、注目と同時に偏見を集める。「あのトムソンガゼルがオオカミを角で突き刺しでもしたのか」という声が飛び込んできた瞬間、白オオカミを放り出して本気で角を突き刺そうという衝動にかられかけたが、ホッキョクオオカミの身体が重過ぎてそれどころではなかった。

「みんな、どうして変な目を向けて来るんだろうね。僕が血を流し過ぎているからかな」

 そんな時でも、このオオカミは相変わらずだった。その声色は疑うというよりも、諦観のような哀愁を感じさせていた。

 俺はどう答えれば良いのか、一瞬迷った。だがすぐに、ホッキョクオオカミの目を見ながら一言だけ言ってやった。

「さあな、肉食獣と草食獣が一緒に歩く姿が珍しいんだろ」

 俺の声に呼応するかのように、ホッキョクオオカミが視線を落としてきた。憂いのような何かを、その顔に刻みながら。

「そんなものなのかな。僕は別に気にしないけど、ガゼル君は嫌じゃないの?」

  俺は無言のまま、床を蹴った右足を振り上げてホッキョクオオカミの尻を膝で蹴り上げた。短い悲鳴が頭上から聞こえたが、俺は気にすることなく続けた。

「そんな詰まらないことを気にして、お前を保健室へ連れていくとでも思っているのか」

 言って、急に羞恥心がこみ上げてきた。蹴られたホッキョクオオカミも自らの声が思った以上に恥ずかしかったようで、口元を押さえていた。

 

 

 沈黙が続く廊下。俺と白オオカミの靴音だけが静かに木霊する。

「それにしても」

 ゆっくり歩く間に、少し体力が戻ったのか。

「ガゼル君、優しいんだね」

 いつもの調子で、ホッキョクオオカミが頭の上から声を掛けてきた。

 本当に、このバカオオカミはっ……!

 真顔でそんなことを言う恥ずかしさはないのか!

 調子を崩されただけでなく、こいつに肩を貸してきた俺の方が体力的にキツくなってきた。もう面倒臭いから、適当に流すことにしよう。その方がいい。

「煩い。その腕と目を角で抉っても良いんだぞ」

「ガゼル君、そんなに嗜虐的だったっけ?」

「お前が知らなかっただけだろ」

  ガゼルの俺が肩を担ぐには、少し重いが。

 それまで見せたことのない、口元だけでなく、目元まで緩ませたホッキョクオオカミ。

 それを見るだけで。

 

 俺まで、顔の筋肉が緩んでしまった。

 

 

 身体の大きさも、力も、俊敏さも。性格まで違う俺たち獣は。

 全員が全員、同じでなくて良いはずなんだ。

 

 ホッキョクオオカミの長くてフサフサな尻尾が、短くい俺の尻尾と交わるようなことがないように。

 それでも、いつかは交わるような日が来るのかもしれない。

 今日起こった出来事だけでなく。

 肉食獣も、草食獣も関係のない、獣同士がわかり合えるような日が。

 

 

 

 

 

 

 Tails Intersecting -The End-