Tails Intersecting -Castling-
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※注記※
本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Material Advantage-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Castling-」「Tails Intersecting -En Passant-」「Tails Intersecting -Check-」「Tails Intersecting -Checkmate-」「Tails Intersecting -Illegal Move-」の続編となる、短編小説です。
登場人物は私の趣向により、ケモノです。
この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
※注記終了※
Tails Intersecting -Castling-
微かに賑わう教室。
アラスカンマラミュートが感情を抑えた言葉を放つまで、然程時間はなかった。
「さっきまでお前らがやり合った動画。これを編集して、流すのもありなのかなって、俺は思ってるんだ」
静けさを取り戻しつつあったクラスが、騒然とし始めた。
当然とも言える反応だった。
俺のクラスだけでなく、この学園は肉食獣と草食獣の隔たりがあるだけでなく。
同じ食性を持つ同士でも、身体の大小を始めとして、様々な確執や考えの行き違い、不平不満が溢れている。その感情が行動となって、現実としてイジメや暴力の横行しているのは、学園全体だけでなく、生徒間でも問題として上がり続けている。
友情や愛情。それを通り越した種族の誇りや結束。
ガゼルとして生まれながら、身内から蔑ろにされ続けてきた俺からすれば。
遥か昔の誰かが提唱した、「集合的無意識」。見せかけの無意識から齎される集まりから振るわれる、浮き上がった個への攻撃や差別。
同じ種族の集まりが、独りの獣を殴り蹴り、反吐を吐かせて下品な笑いと愉悦に浸ってきた様を、俺はこの目で嫌でも見てきた。
草食獣というだけで、弱い側に勝手に立たされるこの学校に、世間に、世界に。
逃走本能に従って逃げながら、不平等さと力関係に、苛立ちや悔しさのようなものを感じ続けながら、何とかここまで生きてきた。
今では関わること自体が馬鹿らしく、見ない振りをした方が自分の為になると信じ、俺は勉学に全力を尽くしてきた。
困り果てたり、生きることに疑念を抱く獣に手を差し伸べるような場面を、俺は遂に見ることはなかった。
肉食獣はおろか、同じ草食獣も自分の身を守る為に、見捨てるという選択もあったからだ。
学校でも世間でも騒がれる、助け合いや支え合いという言葉。
俺は、そんなもの全てが偽りのものだと知っている。
だから多分、余計にアラスカンマラミュートの言葉が馬鹿らしく思えたのだろう。
でも。
「良いじゃないか、俺は賛成だ」
今日の出来事で変わった、と続けようとしたら。
「アラスカンマラミュート君、僕らを悪役にするつもりなのかい?」
喉から低い唸り声を放ちながら、ハイイロオオカミが眉間にシワを寄せていた。その後ろに立つトラやピューマも、同じように鼻づらにシワを寄らせている。今朝の騒動を仕掛けた側の代弁をした、といったところだろうか。
普段ならアラスカンマラミュートが反発するか、更にトラたちが追撃をするか、もしくは沈黙に包まれるか。どの道決め事をする時は大概がそうだった。そして時間ばかりが過ぎていく。
はずだった。
「そういうつもりはないと思うよ、ハイイロオオカミ君」
血が滴る右腕を抑えながら、ホッキョクオオカミが力なく立ち上がろうとしていた。
こいつが、こんなに弱々しく見えたのは、初めてかもしれない。
フラフラと二本足で立りながら、荒い息を辛うじて吐き出しているような有様を、俺は見ていられなかった。
視野が狭まったホッキョクオオカミの左肩に、俺の全身を割り込ませる。中型でも、立派な肉食獣の体重は、筋肉の少ない俺には支えるのがギリギリだった。
「が、ガゼル君?僕は、大丈夫だから」
「気にするな、俺を心配するなら、自分を心配してろ」
「いやでも、重いだろうし」
「黙って、ろ。じゃなきゃ早く、話せよ。言いたいことあるんだろ、白オオカミ」
ホッキョクオオカミの体躯を支えることに必死だった俺は、周りからの目線に今更気が付いた。
大半は和気藹々とする光景は、まず見られない。種族を超えた共存を謳うこの学園でも、だ。
だが草食獣と肉食獣同士が触れ合うことは、少ないながらも確かにある。
それを無意識ながらやってのけてしまった俺とホッキョクオオカミの姿に、言葉を失って奇異や驚きの視線を向けられていたのだった。
だが、今はそんなこと、関係ない。何故なら。
こいつ、思っていた以上に重い……!
「さっさと話を終わらせろ、馬鹿オオカミ!」
「ガゼル君……。ありがとう」
その瞬間、急に身体に掛かる負担が軽くなった。
横を向くと、ホッキョクオオカミが脚を踏ん張り、開られる右目を広げて声を紡ぎ始めた。
「ハイイロオオカミ君。オオカミの君が、真っ白な僕を初めて見た時、どう思ったかな」
突然言葉の先を向けられたハイイロオオカミは、意表を突かれたように一瞬だけ目を逸した。
しかしすぐ、ホッキョクオオカミを真っ直ぐ見据えていた。
「驚かなかった、と言えば嘘になるね。白いオオカミがいるなんて、僕も初めて見たから。褐色や黒。それと白い毛並みが斑なオオカミしか、見たことなかったから」
「気持ち悪いって、思わなかった?アルビノだとか、そういう感じで」
「それはなかったよ。アルビノで君のような空色の瞳を持っているとは考えられなかったし、家族に聞いたら、ホッキョクオオカミという種族も少ないながらもいるって聞いていたから」
「そっか。でも、ハイイロオオカミ君のように理解してくれる獣は多くなかったんだよ」
ハイイロオオカミが一瞬目を広げたのと、俺がホッキョクオオカミを見直したのは、ほとんど同じだった。
「白い毛並みのオオカミっていうだけで、僕は、気味悪がられて嫌われ続けてきたんだ」
ホッキョクオオカミが落とす声には、湿り気が帯びているように聞こえた。
「だから僕は、周りに理解されたいと思わなくなった。気持ち悪いなら、そう思っていればいいって。だから僕も、周りがどうしようとも興味を持たなくなっていった。僕を邪険にし続けた他の獣がどうしていようが、知ったことはないって」
顔を僅かに上に向け、そして。
誰にも聞こえないように、鼻を啜るような仕草を見せた。それがわかったのは、間近にいる俺だけだろう。
静かに息を吐いたホッキョクオオカミが、声を戻して続ける。
「僕はそうやって生きるって決めちゃったけど、本当はみんな迷っているんだと思うんだ。生まれた種族や、自分の生き方や、周りとの付き合い方。正解なんてないんだから……それを捜すように、必死なんだと思う」
「白オオカミ、お前は」
口を挟もうとした俺を、覆い隠す程度に大きな白い手で塞がれた。
「だからこの学園だけじゃなくて、僕たち獣は。大人になっても生まれ持った強さ意志を誇示して、争うようなことになったとしても。自分らしさみたいなものを見つけ出す為、藻掻いてるんじゃないのかな。いつもなら、感情を抑えながら、必死に」
そこまで言って、ホッキョクオオカミは潰された左目の瞼から流れる血を、ワイシャツの袖口で強引に拭い払い、そして。
「僕のことを、いつも逃げているとか変わっているとか、変な奴だと思ってたかもしれない。でも、ガゼル君が責められているところを見て、我慢できなくなった。結果的に、柴犬君やハイイロオオカミ君に痛い思いをさせて、みんなを怖がらせたかもしれない」
言い終えたホッキョクオオカミは、力を失ったかのようにして姿勢を崩した。
左肩を支える俺への負担を軽減させようと、傷付いた右腕を机に立てて、両脚を踏ん張った。机に体重を掛けた右腕の傷口から血が迸ることを気にすることなく、ホッキョクオオカミは教室中を捉えていた。
自分の傷なんて、構わない。
自虐的とも、自分への無神経にさえも、俺には見えた。
微かに俺に向かって、「ごめん」と聞こえた気がした。
俺が何か考えて、言い出すよりも早く。
「それについては、正直に謝るよ。ごめん、みんな。でも僕は。マラミュート君の提案に賛成したい。マラミュート君のことだから、ちゃんとした考えがあるはず」
止まらない左瞼の血を拭ったホッキョクオオカミ。
再び両目が見えるようになったその瞳は、教室の前側の入り口に立つ、アラスカンマラミュートを真っ直ぐ捉えていた。
「そうだよね、マラミュート君?」