【趣味・小説】Tails Intersecting
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※注記※
本記事はブログ開設以来、衝動により初めて短編小説(のようなもの)を書いております。
登場人物は私の趣向により、ケモノです。
この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
※注記終了※
Tails Intersecting
硬い壁を打ち付ける音が響き渡る。
夕暮れの日差しが、淡く差し込む教室。他の生徒はとうに帰宅し、静まり返ったそこに立つのは、僕と彼だけだ。
壁を感情任せに殴りつけたであろう彼の右手から、血が滴っていた。
敏感な僕の鼻が、鉄の臭いを瞬時に嗅ぎ分けて、それが血液だ、と本能的に分析してしまう。
種族の特性に、本能に辟易しながら、それでも僕は、彼から目を離すことができなかった。
強靭な顎が食いしばられ、歯が砕ける程軋む音と共に、唸り声を上げる彼から。
「なに、見てんだよ。同情でも、したいってか」
僕の視線に気付いたのか。
彼は、喉を唸らせながら、短く言葉を吐き捨てた。
顔の上半分。正確には目元や鼻上面を避けるように並んだ、灰褐色の艷やかな毛並み。
そこに混じるように、口元や頬は真珠に近い優しげな白の毛が覆う。
アラスカンマラミュートの血を継ぐ彼の問に、僕は何も答えない。
「俺を惨めだなんて、思ったのか?お前と違って、遺伝子操作された犬の俺をっ」
こちらを見ない彼が放つ声は、怒りや憎悪以上の何かを訴えている。
僕は、そう直感した。
別に、観察が好きということはない。でも、どうしても言葉以上の何かを感じ取ろうとする僕の思いが。
本能が、僕を黙らせて様子見に徹するようにしているのだろう。多分、恐らく。
「なんとか言ったらどうだ、オオカミ!」
無意識に巡った僕の思いを、彼の怒号が打ち破った。
事は、単純であるように見えて複雑だった。
クラスの決め事に、彼が噛み付くように意見を言ったことが始まりだった。
アラスカンマラミュートの彼はオオカミの血を受け継ぎながらも、犬族故の思考力の高さや誇り高さから、周りを押し切って自分の意志を言葉で示した。
彼は、元々自分の意志を貫くことを厭わなかった。
周りに溶け込んで安寧を得ることよりも、彼自身が持つ考えや思い……それは、本能といっても間違ってはいないだろう。
学校では協調や仲間意識を大切に、と謳われているが。
無意味な謙りや妥協は、彼自身が許せなかったのだろう、と僕は思っている。
そんな彼は、周囲から除け者扱いされることが多かった。
周りに、空気を読むことを敢えて避けながら。今回はそれが顕在化して、より肥大化した結末だった。
自分というものを曲げることも、曇らせて誤魔化すようなことをしない彼を「空気読めよ」とか「自分だけが偉そうな口きくなよ」とクラス全体が蔑んで、罵って、弱者に追い込もうとしていることは、僕にもわかっていた。
普段は余計な一言さえ発しない、妥協という言葉を覚えてしまった僕にさえ。
「黙ってるならさっさと帰れ!オオカミの癖に!あいつらに従うみたいに、黙り続けるお前なんか、目障りだ!!邪魔なんだよっ!!」
出入り口のドアを、教室全体をも震わせる怒号。
多分、きっと。
それはクラスメイトではなく、特別意味もなく居合わせている僕に対するものなんだろう。
彼は、他に。
心の叫びを向ける矛先が、無いのだろう。だからこそ、こうして無言でいる僕に叫ぶしかないのだろうな、と勝手に思っている。
気持ちは、わからなくない。
僕自身も、昔はそうだったから。
「僕はね、ただ面倒事にしたくないから黙っているだけだよ」
そんな思いから、思わず口走ってしまった。
次の瞬間。
壁にもたれ掛かるようにしていたアラスカンマラミュートの彼が、一瞬の間に、僕の胸元を掴んでいた。
「楽でいいよな、お前は。周りに合わせて黙り込んで、無害に振る舞ってるんだろ!?」
種族特有の膂力が、僕の身体を締め付けてくる。
「ホッキョクオオカミのお前にはわからないだろうな。群れることで害がなければそれでいいんだろ!?違うなら、言ってみろよ!!」
ワイシャツを、それを掴む腕を震わせながら睨む彼。右手から流れる血が、僕の白い毛を朱に染めていく。
その視線は、敵意に満ちていた。
僕も昔は……いや、違う。
「さっきも言ったけど、僕はもう疲れただけなんだ」
今でも隠そうとしていても、時々滲み出てくるその感情。一度溢れ出したら止まらない思いを、感情を。
僕は、あの時から殺すようになっていた。
「ふざ、けるな。一人だけ達観したような口、きくなよ、クソオオカミ」
でも。今こうして胸ぐらを掴んで、憎むように睨み続ける彼は違う。
僕が忘れるようにして、なかったことにしてきたものを、周りのことを押し切ってまで出している。
「そんなんじゃないよ。僕にとって、君は羨ましく思えることもあるんだ」
彼と知り合ってから、それほど久しい仲ではない。
たまたま同じ学校で、同じクラスというだけだった。
でも、そんな僕に彼は親しく接してきてくれた。
オオカミというだけで怖がられたり、警戒されたりしてきた僕に。
アラスカンマラミュートという、オオカミにも近いながらも、犬という種族に分類された彼は、種族の差という大きな隔たりを超えて。
他人との共存を諦めていた僕に、さり気なく話しかけてくれ、今でも近く離れずの距離を取ってくれた。
にも拘らず、彼は自分の意志を通すことを厭わなかった。
周囲からぶっきら棒に思われても、己というものを貫き通すその姿は。
今まで周りに関心を持てなかったことを良いことに、批判されたり、邪険にされたり、最後は否定された僕が失ってしまったものを。
アラスカンマラミュートの彼は、貫こうとしていた。
他人から見れば、邪魔で面倒な存在と思われても、負けずに立ち向かい、向かい合った。
諦めて、妥協して、周りの意志に乗って惰性で生きてきた僕と真逆を進もうとする彼を。
羨ましく思いながら。
僕にもかつてはあった思いを呼び起こす、錯覚に近い感情を、彼は齎してくれた。
だから、多分。
僕は今、意固地にも見えるアラスカンマラミュートの彼と、これまで共に学生生活を送ってこれたのかもしれない。
「綺麗事ほざくなよ、今更」
「そんなんじゃないよ」
そう思うからこそ、いつもは口を閉じてばかりの僕が、勝手に言葉を紡ぎ始める。
「行事がある度に、嫌そうに目線を背けた僕に、これまで君は誘ってくれたよね。行事語の余興を『絶対参加しない』って言った僕を、連れ出しれくれたのは。いつも君だった」
「だから、俺とサシで話してるって言いたいのか?」
刺々しい言葉と裏腹に、僕の胸ぐらを掴む彼の腕が、少しずつ緩んでいくのを感じた。
「そんなんじゃないよ。僕だって、好きで黙ってる訳じゃない。意見として言うのが苦手で面倒って思うけど、嫌なものは嫌なんだ」
そう、僕は、彼が言うまでもなく、血筋はオオカミだ。
でも僕は、あの時から。
自分の思ったことさえ言葉にできなくなった、唯の臆病になった。
種族なんて関係ない、と思っていたのに。
僕という存在自体を拒絶されてから、他人なんて、どうでも良いと思って生きてきた。
そんな僕に、今目の前にいるアラスカンマラミュートの彼は教えてくれた。
種族だけではなく、それぞれの身体の大きさや考え方の違いなど関係なく。
自分というものを最後まで示し通す、強さのようなものを。
だからこそ、こうして向き合えるのだと思う。
同級生だとか、友達だとか、そういった建前よりも。
僕というオオカミが、身勝手で、我儘な感情を抱いているから。
「僕は、他人って嫌いなんだよ。みんな自分のことばかり考えて、従わない奴は殺すように貶して、蔑ろにして。そんな奴らが表舞台に立って喜ぶなら、僕は黙ることを選んでいたんだ。表面的にはともかく、裏では『くたばれ、塵ども』なんて思っていたよ」
止まらない僕の口に、アラスカンマラミュートの彼の口が緩んだ。
「で、俺みたいな反骨精神旺盛な奴に同情したんだろ?」
それを見て、僕は首を横に降った。
「僕と違って、逃げたり隠れたりしないで、真っ直ぐ進んでいく。僕も本当は、そうしたかった……でも、僕にはできなかった。だからかな、そんな君を羨ましく思うし、そうできない僕を呪うこともある。臆病者、ってね」
「お前も訳わかんねぇ奴だよ、本当に。いいのかよ、俺のことを庇うようなことして」
皮肉と言わんばかりに、彼は薄ら笑いを浮かべながら吐き捨てた。
事実、クラス全体が彼の言葉によって荒れかけそうになった時。
いつもなら意見もしない僕が「そういう意見があっても、良いんじゃないの?」と言い出したからだった。
僕に向けられる、クラスメイトの視線が、訝しさや敵意を持っていることはなんとなく感じ取れた。
いや、違う。根拠はないが、そう思えてならないと直感的に思ってしまった。
普段黙り込む僕に、「こんな時になんだよ」だとか「あいつの肩持つのかよ」だとか。思い過ごしかもしれないけれど、「誰かが意見しないと、自分を出せないの?」とさえ感じ取ってしまった。
その不快感や不愉快から、相手を睨むような視線を出してしまった。
結果的に、僕は元より。アラスカンマラミュートの彼を、一層毛嫌う結果となってしまったのかもしれない。
けれど。僕が答えたい言葉は、決まっていた。
「そんなんじゃないよ。僕は、たまたま正直になれただけだよ」
そう言った直後に、胸元に痛み。
アラスカンマラミュートの彼が、僕の胸板に拳を突き入れていた。
本気であれば、オオカミというには貧弱な僕をはね飛ばせる力を持つ彼なら、殴り倒すことなど容易いことだ。
彼はただ、僕の胸を小突いて笑っていた。
「俺みたいな、弾かれ者でもか?」
口元は、確かに弧を作るように釣り上がっていた。
それ以上に。
目元は緩み、鋭いキレを見せる普段の彼とはとは違っていた。
荒々しくも、どこか優しげで、温かい。
僕には、そう思えた。
だから僕も。
「その方が、僕には合うかもしれない」
彼の腹に、同じように拳を小突いた。
すっかり日も落ちて、暗闇に支配され始めた教室の中で。
ホッキョクオオカミの僕と、アラスカンマラミュートの彼の。
照れ隠しのような、笑い声を殺すような声が響いた。
他の誰にも理解されなくても構わない。
きっと、僕も彼も、そう思いながらの笑い声であり。
互いの緩やかな笑みと、僕と彼が尻尾を振る光景が、そこにはあった。