就寝時の寝苦しさと、明け方の肌寒さが身に染みる。
真夜中だったと思う。睡眠薬の効果が残っていて眠いはずなのに、はっきりと意識が戻って起きてしまった。寒さに弱い私は毛布に包まっていたはずなのに、全身に汗をかいていた。
身体の火照りではない。
また、悪夢と言える夢を見た。もう、何回目と、何日連続かと数える気も疾うにやめて久しい。
いつまでも忘れられない。いつまでも忘れさせない。いつまでも忘れることを許されない行いが、夢となって私を責め続けている。
明けない夜はない。止まない雨はない。抜けないトンネルはない。
悪いことを励ます言葉は、数多く存在する。だがどれも、私を苦しみから解放してくれることはなかった。多分、これからも。
全てではないと信じたい。でも、私にも非があった。
私の稚拙な考えが、ある人たちの人生を狂わせてしまったことに違いはない。
その後ろめたい思いが、死ぬまで私を縛り続けるのだろう。
それでも……。
脳が創り上げたその場所は、中学校の教室を彷彿させる現実味を帯びていた。
粗雑な木の天板と安価な鉄パイプで作られた机。同じように時代を感じさせる、草臥れ傷だらけの椅子。
それらが無数に並び、顔は靄が掛かりわからないながらも多くの人が腰掛けながら会話に耽っていた。
そうだ、ここは逃げ場のない学校という名前の監獄だ。壁が無機質なコンクリート色に塗り固められていた以外は、完全にあの時と同じだった。
私は何をすることもなく、誰とも話すこともなく鎮座していた。雑に広げられたノートは真っ白のまま、筆記用具はどうしてか傷だらけ。すっかり色褪せ元の色を失ったシャープペンシル、消しゴムも所々欠けて外装もボロボロ。
主観視点の私は、というと、特にそんな風景に感じることはなかった。
いつも通りのこと、と怒りも哀しみも湧かない夢の中の私は異常なのは明らかだったが、感情はこれといって浮かんでこなかった。
ただ、一つ。
怯えるような、怖気づいた草食動物のような、しかし圧倒的な不安だけが私という存在を支配していた。
その場から、動けない。怖くて、立ち上がることもできない。
そこに、怒りと罵りに塗れた声が容赦なく飛んできた。
お前がちゃんと考えないからだろ。
そんなとこ座ってる暇があったら、何かしららどうなの。
邪魔なんだよあんた。
人から何か言われないと何も出来ない訳?
気持ち悪い。
汚い。
卑怯者。
臆病者。
言い訳らしい言葉を、情けなく叫んだつもりでも。言葉に、声にならない。
それが彼女たちを更に苛立たせて、私を更に責め続ける。
明けのない問答に、私が折れた。
そんなに憎くて邪魔なら、すぐに消えるから。
もう、関わらないでくれ。関わるな。
声のない怒号と共に机を蹴って椅子を蹴り飛ばして、私は暗闇の中へと独り歩いていく。
そこは光もない、ただ地面があるということが感覚でわかるだけの道。何も見えない、何もないはずなのに。
気を狂わせるような、腐敗した臭いが立ち込めていた。無味なのに吐き気を催す、胸と腹を思い切り締め付ける膨満感。
夢か現実なのか、わからなくなって困惑する私の背後から。
あいつらが。彼女たちの怨嗟のような声はどこまでも追いかけてくる。
またそうやってどこかへ行くつもり?
何か言ったらどうなの、卑怯者。
逃げてる暇があったら、やることやりなさいよ。
本っ当に、気持ち悪い。
そこで、自分の意志に火が灯り始める。
動けよ。動かされてないで、自分で動けよ俺。
黙ってないで、腕の一つ動かせよ俺。
動けよ、俺の身体!!
そうやって目覚めては、いつも血が滲み出る位口を噛みしめる。歯が軋む音も、もう慣れた気がする。
……そうだよ、私は。
いや、俺は。卑怯者だよ。
でもな、やり方は他にもあっただろ。いつまでも夢で責めるように、あの時だって他のやり方があったはずだろ?
それとも。
生霊のようにしてまで責める程、俺がお前らにしてきたことはそんなに酷かったと言いたいのか。
だったら、一つだけ言わせろ。
確かに俺の言い方や態度は、お前らを傷付けたかもしれない。
でもさ。
お前らがやったことも、俺の中に残ってるんだよ。
今も、こうしてさ。
眠剤が効いて意識が朧気なのに、怒りとも、省みるとも言える感情だけははっきりとしていた。
寝床から起き上がって、気晴らしに点けた煙草も、本当に気晴らしにもならないだろう。
だけど、そうでもして現実を味合わないと、戻れなくなるような気がした。
私が、私として。味気ない、この世の中でも、生きていることを思い出す為にも。
もっと、車で出掛けたことを。掛け替えのない友人との思い出が、夢になれば良いのに。
それは、一生叶わないのかも知れない。
自分が犯した咎と、受け続けた罪に向き合い続けることしか、今の私にはできないのだろう。
吐き捨てる紫煙と一緒に、思わず笑い声が漏れた。
今日も、眠れない夜と付き合うことになりそうだ。心のどこかで、勝手にそう思っている。
願わくは、もう覚めないことを、胸の片隅に感じながら、私は再び床に着いた。
今夜も、冷えそうだ。