※注記※
本記事はこれまで投稿した「Tails Intersecting」「Tails Intersecting -Stalemate-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Material Advantage-」「Tails Intersecting -Promotion-」「Tails Intersecting -Castling-」「Tails Intersecting -En Passant-」「Tails Intersecting -Check-」「Tails Intersecting -Checkmate-」の続編となる、短編小説です。
登場人物は私の趣向により、ケモノです。
この注記をご覧になり、違和感や嫌悪感を抱いた方は、申し訳ありませんがお引き返しください。
※注記終了※
Tails Intersecting -Illegal Move-
「はいお前ら、そこまで!」
殺気と張り詰めた空気に満たされた教室が、場違いなまでに陽気な声と派手にドアを開ける音によって壊された。
教室中の視線は、俺から全員外れて。声と音の主に、俺を含めた全員が向くことを強制されるかのようだった。
腹や手足、顔周りは白い毛に覆われ、それ以外は黒の毛を纏った姿は。オオカミのようでありながらスマートさはなく、運動することに特化した骨太な身体を筋肉が覆うそいつは。
「マラミュート、君?」
クラスの中でも除け者にされがちなホッキョクオオカミに名前を呼ばれたそいつは、似たような境遇にありながらも。主張だけはトラたち並に強い余りに煙たがられている、アラスカンマラミュートだった。
「アラスカンマラミュート?何で、お前が」
こいつは授業開始数分前に教室へ駆け込んでくる程、時間に疎い。眠気眼を擦りながら注意されても、話半分しか聞いていない様は、このクラスの獣なら誰もが知っている。
怠そうにしているか、言い争いになれば鼻づらにシワを寄せて反論するかのどちらかだったのが。
「お前がこの時間にいる訳がないだろ、って言いたいんだろ?まあその通り、遅刻魔だからな俺は」
今朝はその両方でもなく、教室中を鋭く細めた目で見回す、精悍な顔つきをしていた。
そして俺の視界に、明らかな違和感を覚えさせるものがあった。
アラスカンマラミュートの左手にあるもの。
あれは、ビデオカメラ?
「で、何がそこまでなんだマラミュート?」
「その通り、この現状をお前は見ていたとでも言うのかアラスカンマラミュートよ?」
対峙を解いたトラとグリズリーが、揃ってアラスカンマラミュートに向かう様が、俺にはおかしく感じてしまった。
つい先程まで、殺し合い寸前だったのに。こういう時は、意気投合しているように見えて。
笑い声を出すとまたややこしいことになると黙っていたら、アラスカンマラミュートが口を開いていた。
クラス中の獣全員に聞こえるように、これまで以上に大きな声量を以て。
「昨日の放課後の決め事。今度クラス出し物、俺が反対したから結局何も決まらないで終わっただろ。あれは、その、悪かった。だからって訳じゃないけど、ちょっと気になってさ。いつもより早く家を出たら、教室がこんな騒ぎになってた」
ホッキョクオオカミのように、見え透いた嘘でも付けばいいものを。
アラスカンマラミュートは、どこまでも正直で、真っ直ぐだった。一瞬俺を見たその視線が、それを物語っていた。
「それで?」
地面を這うような低い声。トラとグリズリーの争いの間に回復したハイイロオオカミが、188センチの体躯を起こし、距離の開いたアラスカンマラミュートを真正面に捉えていた。
この教室の端から端の距離。幾らハイイロオオカミでも、手は出せないだろう。
「正義の味方でも気取っているのかな、君は。どこから見ていたんだい、アラスカンマラミュート君」
「相変わらずハイイロオオカミは皮肉好きだな。ガゼルが絡まれている辺りから、全部だ」
「じゃあ、何で止めに入ろうともしなかった。君らしくもない。それとも、怖くて入れなかっただなんて言わないだろうね?」
ハイイロオオカミの問いに、ピューマが重ねるようにして詰問していた。
血気盛んなピューマは再三戦いに挑もうとしていたが、その都度トラやハイイロオオカミに制止されていた。内心腸が煮えくり返る思いでいるのだろう。
盛大な溜め息が響き渡った。
「言いたいことが沢山あるんだろ。だったら後でちゃんと全部聞く。殴りたい奴がいれば、思い切り俺を殴ればいい」
その言葉に、多くの獣。特に肉食獣が反応して唸り声を上げ始める中。
「ったく、すぐそうやって威嚇する。少し黙って話を聞けっての」
右手で頭を掻くアラスカンマラミュートは、ちゃらけながらも感情を入れない言葉を投げつつも。
見開かれた眼光は、今まで見せたことが無いほど鋭利で、内心まで見透かそうとしているように見えた。
草食獣の俺でさえ息を飲む位だ。敵意を向き出す獣たちを黙らせるには、十分だった。
「俺は面倒な言い回しは苦手だし、面倒臭いから直球で言わせてもらうぞ。お前らさ、朝から頭に血が上り過ぎだ」
アラスカンマラミュートが視線を背けて、独り語り始めた。
誰かが手を出すか、怒りの咆哮を上げるよりも、真っ先に。
「不服そうな顔してるな。無理ないろうが、まあ聞いてくれ。俺の先祖はオオカミでも、遺伝子改良されて闘争本能をある程度抑えられた代わりに、頭はそれなりに回るように造られた紛い物なんだぞ。それに俺は肉食獣でも、中型だ。お前らの争いに首突っ込んで、止められる訳がないだろ」
落胆の溜め息、とでも言えば良いのだろうか。
つい先程まで睨み合い、手を出し、牙を突き立てた肉食獣たちは、アラスカンマラミュートの視線と言葉に納得した、或いは向かうことを放棄したかのようにして、リノリウムの床へ。もしくは安いジプトーンの天井を見上げるようにして、各々が行きどころのない視線を向けていた。
一匹の肉食獣を除いて。
ホッキョクオオカミに固められた肩を抑えながら、柴犬が吠えた。
「それで尻尾巻いて隠れていた訳か、肉食獣の風上にも置けないなアラスカンマラミュート」
「昨日のことの当て付けか、柴犬。俺のような混ざり物が気に食わない、ってか?」
「そ、そんなつもりはないけどよ」
「ま、俺はそんなことどうでもいいんだ。俺はアラスカンマラミュートで、オオカミじゃない。そのことで散々陰口叩かれて、混ざり物なんて言われたこともあった。だから俺はお前らみたいに種族や血筋に誇りも何もないんだよ。悪いが種族間の争いなんて、俺には正直言ってどうでもいいことなんだよ。それよりも俺は、俺の意志を貫きたい。ただそれだけさ」
クラスに溶け込むようにしながら、アラスカンマラミュートは自分の意志に反することに対しては吼えて、その度にクラス中の大半を敵に回してきた。成績は中の上でありながら、繰り出される考え方や思いは的外れなこともあったが、大半は十分に納得させられる内容だった。
しかし周囲からすれば、協調性のない獣と囁かれても仕方がないと思っていた。実際聞いた陰口の中には、「自己中」だとか「思い通りに済まないと癇癪を起こす」といった、批判を通り越した誹謗する声さえあった。
アラスカンマラミュートにそういった思いを抱いていなかったのは、元々他の獣に興味がない俺と。やり方は穏健でも、同じような扱いをされていたホッキョクオオカミ位だっただろう。
興味を持たないばかりに、俺は、こいつのことを誤解していたのかもしれない。
見え隠れする感情のまま吐露したアラスカンマラミュートに、それ以上追求する者はいなかなった。
束の間の静寂。
そこでようやく、アラスカンマラミュートが溜め息を吐き捨てた。クラス中を相手にした以上、緊張せずにはいられなかったのだろう。
それと同時に、アラスカンマラミュートは右手で、左手に持った機材を静かに指差していた。
そう。それは俺が最初に気付いた、ビデオカメラだった。
「俺はさっきまでのこと、動画として一部始終撮らせてもらった。悪いが消す気はないからな」
教室中の机が、一斉にガタツキ始める。争いの映像が教師陣に渡るようなことがあれば、大問題になる。このクラスだけに留まらず、学園全体に影響を及ぼすようなことになれば、相応の処分が下されることは誰もがわかっていたからだ。
再び緊張状態に入った教室。だが、アラスカンマラミュートは不思議な程、冷静だった。
「だから、騒ぐなお前ら。話は最後まで聞けよ。白オオカミも証拠として音声を録音していたみたいだが、俺はこの映像を出すつもりは全くない。大体こんな映像出して、誰が得するって言うんだ。冷静に考えてみればわかるだろ、そんなことくらい」
「だから、マラミュート君。ガゼル君もそうだけど、何なの白オオカミって」
「勝手に俺をマラミュートって呼んでる、お前と同じだよ。名前が長すぎて呼ぶのが面倒だから、わかりやすい呼び方しただけだ」
「それって、短絡過ぎないかい?」
「一々煩いなお前も。その左目、潰されて開けないんだろ。右腕も動かせないなら、少し黙って聞いてろよ」
血塗れのホッキョクオオカミを皮肉混じりでいなし、言葉を続けた。
その声はどこまでも真っ直ぐで澄み切っていた。
「動画撮りながら、思ったんだよ。同じクラスだって、一匹一匹、思うことは違うはずだよな。誰かが言ったことが全部正しくて、従わない奴は間違ってるなんて、そんなのおかしいって思わないか?」
周りの反応を窺うように、アラスカンマラミュートは教室中に目を配った。その瞳に反論する者も、意見する者もいかなかった。
寧ろ目を瞑って息を吐く者や、黙ったまま首を縦に振って肯定する獣までいた。
「色んな種族がいて、色んな考えがある。だからこそ、一つの事柄を決めるのも大変だし、反論したり邪魔扱いしたくなるかもしれないのもわかる。でも、それって独裁に近いと思わないか?強い者だけが主張できて、そうじゃないやつは従うしかないなんて。それのどこが、種族を超えた共存なんだ?それで繁栄するだなんて、本気で思ってないだろう、お前らだって」
そこまで言って、アラスカンマラミュートは息を切らしたように咳払いした。声を荒げることはここまで何度もあったが、今日のように訴えかけるような物言いに慣れていないのだろう。
その証拠に、右手を掲げて「悪い」と言いながら、自分のリュックに手を突っ込んで、ペットボトル入りの水を飲み始めた。
喉を鳴らすように流し込んだ水は、簡単にボトルの半分を超えていた。
乾いた笑い声が聞こえてきた。
その主は、腕組みをしながら聞き入っていた、トラだった。
「演説したかと思えば、勝手に休憩挟むとはな。その気になれば、カメラを壊す奴もいたとは思わなかったのか?」
「仕方ないだろ、お前らと違ってこういうの苦手なんだよ俺は」
「警戒もしなかったみたいだな。全く、どこまでも適当だなマラミュート」
「喉だってカラカラだったんだ、良いだろ別に!」
最後は、締まらなかったらしい。途端にそれまで黙り込んでいた肉食獣も、草食獣も。笑ったり、茶々を入れる声が出始めていた。
先程までの乾き切った、敵意と殺意に満ちていた教室が、ここまで変わるものなのか。
何だか、馬鹿らしくなってきたな。
そう思うと、俺の口からも笑い声が出始めていた。
「で、ここからが本番なんだが」
少しずつ笑みが咲き始めた教室で。
アラスカンマラミュートが、緩んでいた口元を引き締めていた。